第27話 名前さえあれば売れる
レオンは足早に工房へと戻った。
『こっちのほうが楽しいんですよ』
ガルドのあの穏やかな顔が、頭から離れない。
あいつは本気で言っていた。
職人としての名誉も、工房での安定した地位もあっさりと投げ捨て、客に肉を焼き、麦酒を配るだけの生活を選んだのだ。
あの男は、自分から職人としての道を捨てた。
そうとしか思えなかった。
ならば、これ以上説得に時間を費やすだけ無駄というものだ。
だが、作業場に戻って椅子に腰を下ろしても、あの小さな食堂の様子が脳裏に焼きついて離れなかった。
満席の店内、楽しそうに酒をあおる客たち、そして戸口の向こうで並んでいた行列。
王都中の料理人が、ガルドの包丁を求めて騒いでいる。
現にグランツ工房にも、連日のようにガルドの包丁について問い合わせが入っていた。
ガルド本人は料理人ごっこに満足して戻る気がない。
だが市場には、あいつの包丁を求める客が溢れている。
レオンは作業台に肘をつき、苦々しく息を吐き出した。
(……あいつ本人じゃなくてもいいんじゃないか?)
よく考えてみればおかしな話だった。
料理人どもが欲しがっているのは何だ。
ガルドの包丁だ。
名前だ。
あの料理人どもは包丁そのものの性能や鍛造技術など見ていないのだ。
自分は魔鉱石を使った高品質な包丁を作った。
それなのに奴らは見向きもしなかった。
客が飛びついているのは「ガルドが作った」という看板だけにすぎない。
あいつが長年この工房でくすぶっていたくせに、急に評判になったのが何よりの証拠だ。
ガルド本人がいなくても、あいつの名前さえあれば商売は成り立つ。
レオンは立ち上がり、奥の倉庫へ向かった。
雑多に資材が積み上げられた棚の奥を探す。
ガルドが打ち置いていった包丁が、まだ何本か残っている。
木箱の中から、一本の包丁を取り出す。
刃の反り具合、幅、柄の太さを順に確かめる。
「……これを見本にすればいい」
レオンはすぐに作業に取りかかった。
特別な素材など使う必要はない。
ごく普通の炭素鋼を炉で熱し、叩いて形を整えていく。
魔鉱石も冷却魔法も不要だ。
性能を再現するつもりなどない。
見た目さえ合わせれば、名前についてくる客は満足するのだから。
刃の形状をガルドのものに合わせ、柄の削り出しも本物の特徴を模倣していく。
数時間後、作業台の上には本物とよく似た包丁が何本も並んでいた。
外見だけなら、見間違えそうな仕上がりだ。
「……これで十分だ」
レオンはそのまま、商会の使者を工房へ呼び出した。
◇
やってきた使者は、作業台を見るなり目を輝かせた。
「レオンさん! 例のガルドさんの包丁はどうなりましたか? 入手できそうでしょうか」
「できている」
レオンは作業台に並べた包丁の中から、倉庫から引っ張り出してきた本物のガルド製包丁を一本手に取り、使者に手渡した。
「これがサンプルだ」
使者は受け取ると、刃の形や柄の感触を丁寧にあらためた。
「……おお、間違いありません。以前出回っていたガルドさんの包丁と全く同じ特徴ですね」
「ああ」
使者は満足そうに頷き、作業台の上に並んだ他の包丁へ視線を向けた。
「こちらも……同じものですか?」
「同じ型で作ってある」
「つまり、ガルドさんの包丁と同じものをこれだけ?」
「見れば分かるだろ」
使者は並んでいる包丁の中からレプリカを一本手に取り、刃を眺め、柄を握りなおした。
使者の顔がほころぶ。
「ふむ、持った感じも悪くない。これなら十分、売り物になりますね!」
使者は弾んだ声で続けた。
「まずは二十本ほどいただきましょう。すぐに買い手がつきますよ」
使者は前金を支払うと、大事そうに包丁を抱えて去っていった。
レオンは鼻で笑った。
「……ほらな」
やっぱり、あいつらは包丁なんて見ちゃいない。
「結局、名前だけなんだよ」
作業台に並ぶ包丁を見下ろす。
「ガルドの名前さえありゃ、包丁なんていくらでも売れる」
作業台には、同じ形の包丁が整然と並んでいる。
レオンはそのうちの一本を掴み取って壁に投げつけた。
「本人なんか、必要ねえ」
包丁は深く壁に突き刺さった。
「チッ」




