第24話 俺が声をかけてやれば、あいつも戻ってくる
クシャクシャになった注文書を1枚ずつ広げる。
『以前この工房で作られていた包丁を希望』
レオンは爪を噛みながら、その文字を睨みつけた。
昨夜は怒りに任せて荒れた。
だが、冷えた頭で考え直しても、どうにも納得がいかない。
どれだけ思い返しても、自分の打った魔鉱石の包丁に不備はなかった。
鋭い切れ味、剛性、冷却魔法による仕上げ。
どこに出しても申し分のない出来栄えだ。
それなのに、料理人どもは揃って首を振り、挙げ句の果てにこれだけの注文書がガルドの包丁を指定して届いている。
「感触だの……疲れにくいだの……」
そんな曖昧な理由で、王都中の店から一斉に指名が入るはずがない。
刃物の出来不出来を正しく測れるのは職人である自分だ。
レオンの視線が、注文書に何度も躍るガルドの文字に留まった。
「……名前か」
あいつの手品がやっと分かった。
「そうか……そういうことかよ」
唇の端が歪んだ。
奴らは包丁の性能など見ていない。
ガルドが作ったという情報そのものをありがたがっているだけだ。
どれだけ切れる刃物を出そうが、ガルドという名前がついていなければ納得しない。
名前に金を払おうとしているのだ。
包丁なんてものは正しく打てば誰が作ろうと同じだ。
同じ鋼を使い、同じ手順で鍛え上げれば、同じように切れる道具になる。
客が勝手にガルドの作った包丁という幻想を有り難がっているだけだ。
そうでなければあいつの包丁なんかよりも切れ味の良い俺の包丁が売れないということの説明がつかない。
「だが……なんで急に、王都中でガルドの名前なんかが……」
◇
理由を確かめるため、レオンは職人街の資材商のもとへ足を運んだ。
「ああ、グランツ工房のレオンか。……そういえば最近、王都の鍛冶師や騎士たちの間でも、ガルドって名前がよく出てるぞ」
店主は荷を運びながら、気のない様子で言った。
「以前そっちの工房にいた職人らしいな。なんでも、王都の外れで小さな食堂をやっているらしいじゃないか」
「……食堂だと?」
「ああ。古い建物を借りて、細々とやってるそうだよ」
工房を追い出されて、包丁職人としての行き場を失った挙句、畑違いの食堂に逃げ込んだだろう。
憐れな末路だ。
だが、納得がいった。
「そうやって料理人相手に自分の名前を売り込んでやがったのか」
職人としての腕で勝負できなくなり、料理人の客を相手に自分の包丁をチラつかせて名前を売った。
そうやってガルドブランドという幻を作り上げたのだ。
「姑息な真似を……!」
だが、好機は見えた。
「……だったら、簡単じゃねえか」
◇
工房に戻ったレオンは、作業台の紙束を引き寄せ、皺を引き延ばした。
客が求めているのはガルドが作った包丁という名前だ。
ならばガルド本人に作らせて、ガルド作として出せばいい。
俺が作るより、あいつの名前をつけたほうが売れる。
それだけの話だ。
癪だがな。
「ガルドをこの工房に戻せばいい」
あいつの技術が必要なわけではない。
客を納得させる名前として工房に置けば解決する。
「あいつだって、断る理由がねえ」
食っていけるかも分からない小さな食堂で、慣れない料理に追われる生活など惨めなだけだ。
グランツ工房なら山ほど注文がある。
職人として安定して仕事を受けられる生活に戻れるのだ。
どちらがまともかなど比べるまでもない。
「俺が声をかけてやれば、あいつも助かるだろ」
追い出されたからこそ食堂を始め、こうして名前を売るきっかけができたのだ。
むしろ、あいつにとっても都合が良かったはずだ。
そこへ今度は、職人として戻れる場所を自分が用意してやる。
泣いて喜べガルド。
給金も少し多めに出し、仕事を回してやれば文句はないだろう。
定職もなくフラフラしている男に差し出す条件としては破格だ。
これだけの条件を提示されて、首を振る人間がいるはずがなかった。
「資材商の話だと……王都の外れの、古い建物だったな」
レオンは自室の棚から上着を取り出し、肩を通した。
「ガルドを呼び戻す。俺が話をしてやれば、あいつだって分かるはずだ。工房に戻ったほうが、あいつのためにもなるんだからな」
明日、その食堂へ向かう。
ガルドが断るわけがない。




