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追放された包丁職人のおっさん、実は作っていたのは聖剣だった~王都の外れで食堂を始めたら、なぜか王族まで通い始めました~  作者: あずーる
第4章 俺はここで料理をしたいんですよ

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第23話 あいつの包丁より、切れるだろうが

 朝の光が工房の窓から差し込む中、作業台の端には、昨日打ち上げた魔鉱石の包丁が青黒く澄んだ光沢を放っていた。


 レオンは包丁を手に取り、親指で軽く刃筋を確かめた。

 歪みはなく、研ぎ澄まされている。


「切れ味じゃねえのかよ……」


 作業台に刻まれた溝に包丁をあてる。

 あの使者も、昨日の客も、俺の包丁の本当の価値を分かっていないだけだ。

 あいつの包丁なんかよりも俺の包丁の方がいいに決まってる。


「感触だとか、疲れないとか、意味わからんことを言いやがって」


 そこへ、ガラリと工房の戸が開いた。


「はぁはぁ……すんません、ここがグランツ工房でしょうかな」


 息切れしながら入ってきたのは、エプロンを腰に巻いた小太りの男だった。

 油の香ばしい香りがする。


「そうだ」


 小太りの男は手を合わせて呼吸を整えた。

 ニンニクの香りが鼻をつく。


「よかった。以前こっちで作ってたっていう包丁を注文したくてな。ガルドさんっていう職人さんが打っていたもんでさ」

「……ガルド、か?」

「そう、そう。以前、使わせてもらったんだけど、あまりに使いやすくてね。新しく何丁か揃えたくって」


 レオンは腕を組みながら答えた。

 その手のひらには爪が食い込んでいた。


「あいつはもうここにはいねえ。……だが、注文なら俺が受けてやる。同じものを打てばいいんだろ?」

「ガルドさんと同じ仕上がりにできますかい?」

「刀鍛冶の俺が打つんだ。そこらの雑鉄で作った品より、ずっと上のものを作ってやるよ」


 レオンは作業台から魔鉱石の包丁を持ち上げ、料理人の前に差し出した。


「使ってみろ。最高級の魔鉱石と冷却魔法で打った一品だ」


 男は丸い手から手袋を外し、包丁を受け取った。

 ズシリとした重みと刃筋を確認すると、懐から取り出したニンニクに刃を当てた。


 サクッ。


「……おお、よく切れる」


 だが、男は切るのをやめない。

 何度も、何度も、刃を動かす。

 レオンは男を睨みつけた。


「……だけど、以前のものとは違いますな」

「何が違うってんだ。切れ味なら申し分ねえだろうが」

「切れ味は素晴らしいですよ。だけど、ガルドさんの包丁は、朝から晩まで使っても手が疲れにくいっていうか。刃が素直に入っていくというか……長時間の仕込みでは、あの差が大きいんすよ」


 その時、再び工房の戸が開く音がした。


「失礼。こちらで包丁の注文をしたいのだが……」


 入ってきたのは肩幅ががっしりとした体格の男だった。

 袖をたくし上げた太い腕にはかすり傷があり、強烈な肉の脂と香辛料の匂いをまとっている。

 こちらも身なりからして料理人だ。


「……また包丁かよ」


 レオンの爪がさらに食い込む。

 小太りの男が振り返った。


「あんたもガルドさんの包丁かい?」

「ええ。以前、知り合いの店で使わせてもらったんですが、あの感触が忘れられなくてね。自分の店でも導入しようと探してきたんです」

「奇遇だな。俺も全く同じ理由で来たんだよ」


 今しがた入ってきた男は小太りの男に尋ねた。


「あんたはどこで店を?」

「王都の西区だ。大衆向けの食堂をやっている」

「西区か! 俺は南区の肉料理屋だ。……そうか、西区でもあの包丁を使っている店があったのか」

「ああ。近所の魚屋の親方が使っていてな。魚を捌く時に刃が素直についてくると絶賛していたのを聞いて、試しに借りたら腰を抜かしたよ」


 小太りの男は首を大きく縦に振る。


「分かります。分かりますよぉ。うちの店でも、肉の細かな筋を外す時にあの包丁だと段違いに作業が早い。刃の当たりが柔らかいのに、すっと入っていく」


 会話を弾ませる二人の料理人を見て、レオンは棒立ちしていた。

 ケッ、感覚だけで話をしやがって。

 俺の包丁の方が切れ味がいいに決まってるだろうが。

 料理人風情に刃物の何が分かるってんだ。


 また、ガラリと戸が開いた。


「すみません、ガルドさんの包丁を扱っている工房はこちらですか?」


 三人目が入ってきた。

 二人とは対照的に細身で、わずかに生臭い磯の香りがする。

 先に来ていた二人が顔を見合わせる。


「今日は同業者とよく会うな、あんたもガルドさんの包丁かい?」

「ええ。王都の料理人仲間の間で評判でしてね。新しく厨房の道具を一新しようと探してきたんです」


 レオンは堪らず割って入った。


「……評判だと? 王都でか?」


 細身の男は工房内を見渡しながら答えた。


「ええ。特に大仕込みをする店の間じゃ有名ですよ。長時間使っても手が疲れないし、食材の断面がきれいに仕上がるって評判でしてね」

「くそが……!」


 レオンは作業台の魔鉱石の包丁を乱暴に突き出した。


「だったらこれを使ってみろ! 最高級の素材と最新の処理を使った包丁だ!」


 細身の男が、包丁を手に取る

 小太りの男が懐からにんにくを取り出し、「ほれ」と渡す。


「……ほう、これは凄い」

「確かに、普通の包丁とは比べものにならない切れ味だ。どれ、俺にも」


 がっしりとした男もにんにくに刃を当てた。

 レオンの額には皺が寄っている。


 細身の男が目を閉じて頷いた。


「確かに凄い品です。切れ味だけなら、こちらのほうが上かもしれない。ですが……毎日厨房で使うなら、私はガルドさんの包丁を選びます」


 がっしりした男も包丁を作業台に置きながら頷いた。


「そうだなぁ。どれだけ切れ味が良くても、使っていて手や腕に負担が残るものは職人の道具とは言えない。ガルドさんの品は、使う人間の手の延長になろうとして作られている」


 小太りの男はにんにくの切れ端を集めながらつぶやいた。


「やっぱ、感触が違うんだよなぁ」


 料理人たちは互いに会釈を交わしながら、そのまま工房を後にしていった。


「クソが」


 レオンは作業台を叩いた。

 包丁が床にずり落ちる。


「クソが、クソが、クソが」


 包丁を何度も踏みつける。


 そこへ、王都の商会の使者が慌ただしく入ってきた。


「グランツ工房ですね! 先日の件とは別に、王都の各店から包丁の問い合わせが相次いでいましてね! 控えを持ってきました!」


 使者は作業台の上に厚みのある紙束を置いた。


「中には正式な注文書もあります。かなりの数ですよ!」


 老舗の宿屋の厨房。

 商会傘下の大型食堂。

 さらには王都の高級料理店までも。


 そこにはズラリと、料理店や職人たちの名前と「以前この工房で作られていた包丁を希望」という条件が並んでいた。


「頼みましたよ! この数をこなせれば、工房の売上は跳ね上がりますからね!」


 使者が去った後、レオンは一枚一枚の注文書を睨みつけた。


「俺が打ってるだろうが……!」


 注文書をきつく握りつぶす。紙がクシャリと音を立てた。


「普通の包丁より、よっぽど出来が良いものを打ってやろうってんだ! なんで誰もそれで納得しねえんだ……!」


 レオンは床に落ちた魔鉱石の包丁を睨みつけた。

 青黒い光沢を放っていた刃に土埃が付いている。


「……あいつの包丁より、切れるだろうが」


 レオンは歯を食いしばり、注文書を作業台へ叩きつけた。

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