第22話 あいつの包丁と同等……いやそれ以上だな
作業台の上に並んだ数塊の魔鉱石が、工房のわずかな光を浴びて青黒く鈍い光沢を放っていた。
レオンは火床の風箱を吹き、炎を勢いよく立ち昇らせながら、転がる魔鉱石を掴み上げた。
「素材さえ分かればな……」
あいつが何か手品のような真似をして作っていたとしても、刃物である以上、限界はある。
この魔鉱石は武器鍛冶において上級品にしか使われない高級品だ。
通常の鋼より遥かに硬く、叩き上げれば鋭い刃先がつき、摩耗にも耐える。
「俺にだって作れるんだよ」
レオンは魔鉱石を火床に投入し、槌を振り下ろした。
ガンッガンッと金属音が工房内に響き渡る。
火床に戻しては叩き、戻しては叩き、平らに引き延ばしていく。
焼き入れの工程には、王都のギルドで耳にした方法を取り入れた。
魔法の冷気を均一に当てることで、冷やしムラをなくし、歪みを極限まで抑え込める。
火床から真っ赤に熱した刃を引き抜き、待機させていた冷却魔法の陣へ通す。
キィン、と澄んだ金属音が鳴り響き、刃の表面に薄青い霜が一瞬だけ浮かんで消えた。
「歪み一つないな。こんな方法があるのに、なんで親父は教えてくれなかったんだよ」
打ち上がった一丁の包丁を研ぎ澄まし、光にかざす。
刃線は真っ直ぐに通り、冷気が生んだ独特の薄青い光沢を帯びていた。
「あいつの包丁と同等……いやそれ以上だな」
レオンは作業台の隅にあった野菜のくずを引き寄せ、刃で叩き切った。
ザクッ。
手元に一切の引っかかりもなく、野菜が鮮やかに二つに割れた。
口先が吊り上がった。
「……これだ」
前日に作っていた試作品とは明らかに違う。
刃先の鋭さが段違いだ。
「なんだよ、簡単じゃねえか」
切った野菜をつまんで口に放り込む。
「クソが。刀鍛冶の俺が包丁職人より下なわけがないんだよ」
◇
「見てくれ。注文の包丁の試作品だ」
工房を訪れた王都の使者の前で、レオンは胸を張り、出来上がった包丁を差し出した。
使者は革の手袋をはめた手で包丁を受け取り、刃筋を覗き込んだ。
「……随分と綺麗な仕上がりですね」
使者は持ってきていた籠から大根を取り出すと、作業台の上で刃を当てた。
サクッ。
「ほう……これは、確かに良い」
使者は頷き、切り口を確かめた。
レオンは腕を組み、鼻を鳴らした。
「だろ? 最高級の魔鉱石を使って、焼き入れには冷却魔法まで組み込んだ。武器鍛冶の技術を注ぎ込んだ逸品だ」
使者は二度、三度と大根に刃を入れ、切断面を指で撫でた。
「確かに、普通の包丁よりは遥かに良いです」
「だろ?」
「ですが……これではありません」
使者は手袋を外し、今度は直接指で擦った。
「……は? 何を言ってやがる」
「切れ味が悪いわけではありません。むしろ、最初の刃の入り方や鋭さだけで言えば、こちらのほうが鋭いとすら感じます」
使者は包丁を作業台に置くと、手袋をはめなおした。
「ですが、ガルド殿の包丁は、刃が食材に入ったときの抵抗が違うのです」
「抵抗だと……?」
「ええ。力を入れずとも刃が自然に入る。それだけではありません。手に返ってくる感触が違うのです」
「そんなものは気のせいだろう! 包丁を買い取りたくないから難癖をつけてるんじゃないだろうな」
レオンは魔鉱石を掴み取って強く握りしめた。
「こんなに上質な魔鉱石を使ってるんだぞ! そこらの雑鉄とは硬さが違う!」
使者はレオンの持つ魔鉱石には目もくれず、淡々と返した。
「ええ、非常に良い素材なのは分かります。硬さそのものは申し分ありません。ですが、包丁には硬さだけではなく、刃先が食材に入ったときに力を逃がすしなやかさも必要なんです」
「焼き入れには冷却魔法まで使ったんだ! 歪み一つねえだろう!」
「形は美しいですね。ただ、それだけです」
使者は包丁を布へ包み直した。
「普通の包丁より優れていることは認めます。ですが、今回私どもが注文したのは良い包丁ではありません。かつてこの工房で作られていたものと同じ包丁です」
使者は一礼し、包丁をレオンの前に置いた。
「申し訳ありませんが、この仕様では納品をお受けできません」
「待て! こんなに良いものを打ったんだぞ!? 何が気に入らねえんだ!」
使者はそのまま工房を去っていった。
「……おかしい」
レオンは残された包丁を作業台に叩きつけた。
刃が深く食い込む。
「魔鉱石でも駄目なのか? 冷却魔法まで使ったんだぞ? 何が足りないって言うんだよ」
作業台に刺さった包丁を引き抜くと、また叩きつけた。
「俺の包丁はこんなに切れるじゃねえか……」
そこへ、ガラリと工房の戸が開いた。
「あの、すみません」
入ってきたのは、街の食堂の店主だった。
「この前の包丁と同じものはありますか? 以前、ガルドさんに作ってもらったやつが調子よくてね。同じものを新調したいんだが」
レオンは作業台から包丁を引き抜くとそのまま差し出した。
木くずがパラパラと落ちる。
「これがそうだ。最高級の素材で打った一品だ」
客は懐の金銭袋に手を伸ばしながら包丁を受け取り、作業台の端にあった野菜に刃を当てた。
サクッ。
「……おお、確かに良く切れるな」
「そうだろう。そうだろう」
だが、二度、三度と野菜を刻むうちに、手が止まった。
「……いや、待てよ。切れ味はいいんだが……」
客は包丁を握りなおした。
「……違うな。ガルドさんのやつは、もっと手に馴染んだんだ。使っていて手が疲れないというか……」
客は金銭袋から伸ばしかけていた手を引いた。
「悪いが、これは買えないや」
客はそのまま店を出て行った。
「クソが、冷やかしかよ。俺の刃の価値が分からない素人が」
作業台には包丁で刻まれた深い溝ができていた。
「……なんでだよ」
レオンは包丁を睨みつけたまま、奥歯を噛み締めた。
「これだけやって……まだ何が足りねえってんだ……!」




