第21話 作るだけでは飽き足らず、使いこなすのもお手の物とはな
バラムは頭をガリガリと掻きながら右手を伸ばしてきた。
「いや、その……すまん。他の包丁も見せてもらっていいだろうか」
「ええ、いいですよ」
肉の解体にいつも使っている出刃包丁を差し出す。
バラムの手の震えが包丁を伝わってくる。
隣に座る騎士さんとバラムの肩がこすれ合っている。
二人とも気にする様子はなく、ただ包丁を凝視している。
バラムは包丁を光にかざし、刃線の反り、身の厚み、柄のすげ込みを細かく検分していく。
「……ガ、ガルド。この包丁、鋼材は何を使ってるんだ?」
「鋼材ですか? 街の鍛冶屋や鉱山から仕入れられる、普通の炭素鋼ですよ」
「普通……やはり魔鉱石は使ってないんだな」
「ええ、あれを使うと劣化が早くなってしまいますからね」
「劣化、か……それで、焼き入れはどうしている」
「どうしてるって、炉の温度を色で見極めて、油に落とすだけです」
「冷却魔法は使ってないのか?」
「そんなもの使ったら刃が悪くなってしまいますよ」
「はは……悪くなる、か」
バラムは左手で額を押さえた。
騎士さんは顎に手を置いて、バラムの顔を見ていた。
「じゃ、じゃあ刃角はどの程度だ。この薄さでなぜ刃こぼれしない? 研ぎはどう調整している?」
「刃角は切る食材に合わせて微調整しますよ。野菜用なら少し鋭角にしますし、硬い肉や筋をやるなら刃元を少し厚めに残します。研ぎも同じですね。包丁の部位ごとに研ぎ分け、食材の繊維に噛み合わせるように仕立てているだけです」
「……それで、なんで刃こぼれしないんだ?」
バラムは包丁の柄をカウンターにトンと当てて、俺に目を向けた。
「刃こぼれ、ですか……包丁に無理をさせないよう気を付けていれば」
「……」
カウンターの上に置かれたコップの水が揺れている。
バラムの包丁を握る手が小刻みに震えていた。
「言葉だけじゃ伝わりにくいですね。ちょうど夜の仕込みがあるんで、見てみますか?」
俺は木箱から大根と魚、オーク肉を取り出した。
まな板の上に大根を置く。
三徳包丁を手に取り、刃先を滑らせた。
サクッ、サクッ、サクッ。
透けて見えるほど薄く切られた大根が、綺麗に重なっていく。狙った通りの厚みに、刃先がすっと吸い込まれるように通っていた。
続いて柳刃包丁へ持ち替える。
銀色に光る魚の胴体に刃元を当て、手前へ引く。
スッ、と刃が吸い込まれ、皮と身が離れた。
「切り口を荒らさずに引いて切るなら、この柳刃です。食材の旨味を閉じ込めるための仕立てですね」
最後にオーク肉を引き寄せる。
出刃包丁を滑らせ筋を撫で切る。
「骨や硬い肉を切るなら出刃です」
包丁を布巾で拭きながらバラムを見た。
用途に合わせて研ぎと刃付けを変えることが、包丁に無理させないための秘訣ですよ」
「……これを、毎日やっているのか?」
「ええ、俺も子供の頃はよく包丁に無理させて、そのたびに母に怒られてましたから。もう習慣みたいなものですよ」
「そ、そうか」
バラムは握りしめていた包丁をコトンと倒した。
「作るだけでは飽き足らず、使いこなすのもお手の物とはな」
「料理人なら普通じゃないですか? 道具を思い通りに動かして、食材を仕込む。特別なお店じゃなくても、みんなやってることだと思いますよ」
バラムは包丁をカウンターに置くと両手を組んで親指で眉間を撫で始めた。
「俺は料理人じゃないから、そこらへんのことはあまり詳しくないんだがな……鍛冶師の目線でこの包丁を見たときに聖剣に似ていると思った。聖剣そのものを作ったとは言わん。だがな、武器として見ても一流の刃物と同等以上の完成度を持っている。ガルド、お前は自分がどんな包丁を作っているのか、本当に分かっているのか?」
「料理に使いやすい包丁ですよ」
バラムは天井を見上げ、首を振るばかりだった。
包丁を布で包み直すと、腰の鞄へ仕舞い込んだ。
「……これはライナスから預かってきたものだ。いったんギルドで保管させてもらうぞ」
ライナス……俺が包丁を売った商人のことだろうか。
「ええ、どうぞ」
「……ガルド」
「はい?」
「お前のことを、王都の職人たちに伝える」
「ええ? そんな大げさな……」
「大げさじゃあない」
ガタッと椅子が倒れる音がした。
バラムは立ち上がると右ひじをカウンターにつけ、身を乗り出した。
「この技術を知って、黙っていられる職人なんて王都にはいない。少なくとも俺はそうだ」
騎士さんはしゃがみ込んでバラムが倒した椅子を元に戻した。
「バラム殿、時間も押していますし、今日はこれくらいで」
「そ、そうだな」
バラムは俺に向きなおすと頭を小さく下げた。
「長居して済まなかった」
「いえいえ」
暖簾から出ていく二人の背中を見送った。
俺は料理を見て欲しかったんだけどな。




