第19話 王都で噂になるなんて、凄い包丁職人もいたもんだな
王都の中心部、武具職人ギルドの奥部屋。
分厚い扉の先で、バラムは数人の熟練鍛冶師やギルド関係者を前に、図面が置かれた円卓へ手をついていた。
「……信じ難いのは分かっている。だがな、あの包丁の切れ方は、過去の文献に残る聖剣の記録と似ているんだ」
卓を囲む職人の一人が、腕を組んで眉をひそめた。
「バラム、いくら何でも極端だ。片や魔物を斬るための秘宝、片や野菜を切るための道具だぞ」
「だからこそ調べている。もし、聖剣に匹敵する刃を打てる技術が実在するとしたらどうなる?」
バラムの問いに、職人たちは押し黙った。
ギルドの役員が、広げられた王都の地図に指を滑らせる。
「……聖剣に匹敵する刃を作れる職人、か。もし本当なら、ただ事ではないな」
「ライナスの話では、名前はガルド。元は包丁職人で、今は王都の外れのどこかで食堂をやっているらしい」
「王都の外れ、か……広いうえに店も多いな」
役員は地図の端をトントンと指先で叩いた。
「よし。まずは同業の職人や商人へ当たらせよう。懇意にしている騎士団の知己にも噂を落としておく。ガルドという男、なんとしても見つけ出すぞ」
◇
シュッ、シュッ。
薄暗い厨房に、砥石と鋼が擦れ合う小気味よい音が響いていた。
「よし、こんなものか」
布巾で包丁の水気を拭き取り、刃先を光にかざして線を確かめる。
昨日持ち込まれたオークジェネラルの肉が、木箱の中で出番を待っている。
「さて、どう料理するかな」
木箱から取り出した肉は、脂の乗りといい、きめ細やかな筋の入り方といい申し分ない。
分厚い赤身の塊をまな板に乗せ、包丁の刃を当てた。
部位ごとに厚さを変え、手首の重みだけでスッと引き切る。
余計な筋を手早く引き抜き、焼き上がりで肉が縮まないよう隠し包丁を入れた。
これだけ肉が良いなら、余計なことはしないほうがいいだろうな。
香辛料は控えめにして、肉の味を直接確かめられる塩焼きにしよう。
昼時になると、冒険者たちが連れ立って暖簾をくぐってきた。
「親父、オーク肉あるか?」
「今日のは脂の乗りがいいですよ」
切り分けておいた厚切りのオークジェネラル肉を、熱した鉄板へ落とした。
ジュワッという豪快な音とともに、焦げた脂と香辛料の匂いが店内に充満する。
「おう、相変わらずいい匂いだな!」
冒険者たちはカウンターの席につき、運ばれてきた熱々の肉定食に勢いよく噛みついた。
「美味え! 硬いどころか、柔らかくて脂の甘みが凄え……。噛むほど旨味が出てくるぞ。王都の高級店で食った肉より美味えんじゃないか?」
「肉が良かったんですよ」
食器を洗いながら答えると、冒険者が身を乗り出してきた。
「いやいや、肉が良いだけでこんな味になるかよ! どうやったらこんな焼き上がりになるんだ?」
「筋を丁寧に外して、火を入れすぎないようにしただけです」
「それができねえからみんな苦労してんだろ……!」
呆れ顔の冒険者たちを見送りながら作業を続けていると、カウンターに残った一人がふと箸を止めた。
「そういや親父、知ってるか?」
「何をです?」
「最近、王都で妙な職人が噂になってるっていうか」
「妙な職人?」
「なんでも、えらく切れる包丁を作った職人らしくてな。商人やギルドだけじゃなく、王都の鍛冶師や騎士まで動いて探してるって」
隣の冒険者が、肉を飲み込んで言葉を足す。
「そうそう。聖剣みたいな刃を作れる職人かもしれないって話で持ちきりだぜ。親父も元は包丁職人だったんだろ? 何か心当たりはねえか?」
拭き終えた皿を棚へ重ねながら、声を返した。
「いやあ、ないですね」
「そうか。まあ、雲の上の話だよな」
「ええ。包丁職人なのに、そんなに有名になるもんなんですかね。変わった話もあるもんだ」
冒険者たちが笑い合いながら再び肉へ食らいつくのを確かめ、厨房の奥へと向き直った。
王都で噂になるなんて、凄い包丁職人もいたもんだな。




