第18話 ガルド……一体、お前は何者なんだ
王都の鍛冶街。朝から金属を打つカンカンという槌音が響くバラムの工房に、一人の冒険者が飛び込んできたのは、太陽が昇りきった頃だった。
「バラムの親方! 噂を聞いたか!?」
「朝っぱらから騒々しいな。今、火を見てるんだ。手短に言え」
バラムは作業着の袖で汗を拭い、炉の火から目を離さずに吐き捨てた。だが、続く言葉を聞いたところで、火鋏で掴んでいた真っ赤な鉄塊を、床の砂へと落とした。
「昨日の夕方、王都の外れの食堂前でな……冒険者が持ち込んだオークジェネラルを、店の親父が解体したんだよ!」
「……オークジェネラルだと?」
バラムは鉄塊を取り出すことも忘れて振り返った。オークジェネラルといえば、並の解体刀では刃が立たず、ギルドの専門解体師が何人もかりで作業する大型魔物だ。
「ああ! それも解体刀じゃねえ。あの親父、いつも使ってる三徳包丁一本で、一番硬い関節の靭帯を一閃で切り外したんだ! 皆腰抜かしてたぞ……!」
「――な……っ!?」
バラムの脳裏に、数日前の記憶が過った。
ライナスが持ち込んできた、あの一丁の三徳包丁。過度な装飾もなく、一見すると手入れの良い普通の包丁。だが、カブや人参を切った際、一切の引っかかりを感じさせずに切れてしまった、あの異様な手応え。
(あの食堂の……ガルドという男の包丁か……!)
バラムは作業台へ歩み寄ると、棚の奥から布に包まれた包丁を取り出した。ライナスが確認のために置いていったものだ。
「おい、親方……?」
「静かにしろ」
バラムは包丁を持ち上げ、刃を目の高さまで上げた。
刃線を追い、峰から刃先まで指先で確かめる。柄を握り直し、手首を返して重心の位置を確かめた。
研ぎは丁寧だ。鍛造にも目立った歪みはない。素材も、どこにでもある良質な鋼だ。特殊な魔鉱石が塗られているわけでもない。
バラムは包丁を角度を変えて光にかざし、刃先の線をじっと覗き込んだ。だが、どれだけ見ても、オークジェネラルの皮や筋を切り裂いた理由が見つからない。
(おかしい……。鋭いだけなら説明がつく。軽いだけでも説明がつく。硬いだけでも説明がつく。だが……)
バラムは顎を擦り、眉間に深い皺を刻んだ。
(この三つが揃っているだけじゃない。刃が触れた肉や筋から受ける抵抗が異様なほど小さくなっている。俺が今まで扱ってきた包丁の作り方じゃあ、筋が通らん)
バラムは包丁を握ったまま、視点を変えた。
包丁として調べるから、理由が見えないのではないか。
包丁ではなく、刃物としての構造から見つめ直す。
高級な剣、名工の打った刀剣、そして王国に伝わる秘伝の刃。
バラムの指が止まった。
刃の滑らかさ。対象に触れた瞬間の、力の伝わり方。
包丁と聖剣。
用途はまるで違う。そんなものを比べること自体がおかしい。
バラムは作業台の硬い木面に包丁の刃先をそっとあてがい、押し込む感触を確かめた。刃が吸い込まれるような手応えの記憶が、鮮明に重なる。
(……待て)
バラムは包丁を握ったまま、動かなくなった。
(この感触……まさか)
「……聖剣に、似ている……?」
声が漏れた。
「いや、バカな……! 聖剣だと!? 聖剣は魔物を討ち払うための王国の秘宝だぞ! これは料理人が野菜を切り、肉を叩くための……ただの包丁だ!」
バラムは柄を握る手に力を込め、頭を左右に振った。
用途も、見た目も、使われている場面も全く違う。
だが、あの異常な通り方の理由は、それ以外に思い当たらなかった。
(偶然でこんな刃が生まれるか? 鍛造の工夫や研ぎの腕だけで到達できるか? 一体……どうやって打ったんだ)
バラムは包丁を慎重に作業台の上へ置いた。
この包丁を作ったのは、王都の外れで小さな食堂を営んでいるガルドという男だ。それはライナスから聞いている。
バラムは荒い手つきで手袋を脱ぎ捨てると、作業台の上の包丁を見つめた。
「ただの包丁職人……なわけがない……」
バラムは手ぬぐいを取り出し、首筋の冷や汗を乱暴に拭い去った。
「ガルド……一体、お前は何者なんだ」




