第15話 同じ包丁を作れない
翌朝。朝靄がまだ残る中、レオンは工房に火を入れ、作業台の前に立っていた。
「たかが包丁だ。何十本あろうが、さっさと仕上げて稼がせてもらうぜ」
注文書を作業台の端に置き、レオンは資材棚から上質の鋼材を掴み取った。火床の風箱を吹き、炎を真っ赤に起していく。
武器鍛冶として腕には自負がある。剣や槍に比べれば、包丁など構造も単純な一枚の刃物に過ぎない。半日もかからずに仕上げてみせると、レオンは迷わず槌を振り下ろした。
カン、カン、と高い金属音が工房に響く。
形を整え、刃を付け、研ぎ出し、一歩も手を抜かずに仕立て上げた。
完成したのは、見た目にも美しい一丁の三徳包丁だった。ガルドが残していった古い試作品と並べて見比べても、寸分違わぬ出来映えだ。
「ほらな、簡単じゃねえか。俺の腕にかかればこんなもんよ」
レオンは出来上がった包丁を手に取り、作業台にあった野菜のくずへ刃を当てた。
サクッ、と音を立てて野菜が切れる。
切れ味は良い。武器鍛冶が本気で打ったのだから、そこらの市販品より遥かに良く切れる。
確かに切れている。
だが、以前あいつの包丁を試したときに残った、あの不気味なほどの滑らかさがない。手元に伝わる「刃が物を切っている」という抵抗感が、ほんの僅かに残るのだ。
「……角度か? 刃の削り込みが甘かったか」
レオンは首を横に振り、次の鋼材を火床へ放り込んだ。
「次だ」
二本目は刃の角度を限界まで鋭角に削り落とした。三本目は鍛造の回数を増やし、より高密度に叩き上げた。四本目は焼き入れの温度を細かく調整し、冷却のタイミングまで変えた。
武器鍛冶として得たあらゆる技術と知見を注ぎ込み、次々と包丁を打ち出していく。
二本目モ、三本目も、結果は変わらなかった。
普通に切れる。極上の業物として売れる品質だ。しかし、あの力を入れずとも勝手に刃が滑り込んでいく感触には、どう足掻いても届かない。
「なんでだ……!?」
日が傾き始めた工房で、レオンは拳を作業台に叩きつけた。
「形も合ってる! 打ち方も変えた! 焼き入れだって完璧だ! なのに……なんで同じにならねえ!?」
作業台の上には、レオンが今日一日で打ち上げた試作の包丁が十数本、無造作に転がっていた。
レオンは棚から引き出してきたガルドの古い包丁と、自分が最高だと思って打ったばかりの一丁を、二本並べて作業台に置いた。
見た目はどちらも普通の鋼だ。刻印もなければ、装飾もない。
「どこが違うってんだ……!」
レオンは二本の包丁を交互に手に取り、木の端材へ刃を当てた。
自分の打った包丁は、コンと手応えを返して木肌に止まる。力を込めれば深く切り込めるが、そこには確かに切るための力が必要だ。
一方、ガルドの包丁は——刃を置いた瞬間、まるで吸い込まれるようにスッと木肌へ入っていく。手首に何一つ負担がかからない。
「……クソが……!」
どれだけ工程を変えても、鍛え方を変えても、ガルドの包丁と同じものにはならない。
そんなことは認めるわけにはいかない。
(俺の腕に落ち度があるはずねえ……! 俺は王都の兵士に剣を納める武器職人だぞ! たかが包丁しか打てねえ落ちこぼれに、技術で負けるわけがねえ……!)
沸き上がる不快感と抑えきれない怒りのまま、レオンはガルドの包丁を足元の床板へ勢いよく叩きつけた。
ガンッ! と硬い音を残し、包丁の刃が木床に深く突き刺さる。ゆらゆらと揺れる柄を、レオンは肩を上下させながら睨みつけた。
見た目は何の変哲もない鋼。しかし、技術や工程で差が出ないのだとすれば、理由は一つしか考えられない。
「……そうだ。素材だ」
レオンの顔に、ようやく笑みが戻った。
「あいつ、工房の資材から見た目じゃ分からねえ特殊な鋼を勝手に抜き出して使いやがったんだ……! そうに決まってる!」
ガルドに特別な技術などあるはずがない。何か珍しい特殊素材を使ったからこそ、あの異常な切れ味が生まれたのだ。そう考えれば全ての説明がつく。胸のつかえがスッと下りていくのを感じた。
作業台の端に置かれた注文書へ目を向ける。
「素材さえ判明すれば……俺にだって同じものが作れる」




