第14話 元工房に届いた一枚の注文書
数日後。また、工房の暖簾が揺れた。
「失礼する。ここが、かつて王都の兵士へも納品していた鍛冶工房だな?」
入ってきたのは身なりのいい上着を纏い、革の鞄を抱えた王都の使者だった。
レオンは胸を張って鼻を鳴らした。
「いかにも。俺は工房主のレオンだ。見ての通り、うちは腕利きの武器鍛冶として名を馳せている。刀剣の仕入れか?」
使者は抱えていた革の鞄から、一枚の紙を取り出した。
「いや、王都の商会連合からの依頼だ。この内容の注文を引き受けてもらえるか確認しに来た」
注文書と聞いて、レオンの口元が吊り上がる。王都の商会連合。その名前だけで金の匂いがした。
武器職人としての自分の評判が王都まで届いたのだと、レオンは疑わなかった。
「ふん、目が高いな。王都の兵団に納める最高級の剣でも欲しいのか?」
ニヤつきながら注文書に目を通す。だが、注文書を一行ずつ追っていた指が途中で止まった。
書かれていたのは、剣でも槍でもない。
――王都の料理店向けに、特定仕様の包丁を五十丁求む。
「……は? 包丁だと? 五十丁……?」
レオンは思わず目を擦った。
「包丁……と書いてあるな」
一人の料理人が買いに来るような端数ではない。王都の複数の料理店を束ねる商会からの、まとまった大口注文だ。提示されている報酬の額も、包丁五十丁の代金とは思えないほど高かった
「なんなんだ、この注文は。うちは武器鍛冶だぞ。包丁なんて雑作、何でうちへ頼む?」
不機嫌さを隠そうともせず吐き捨てるレオンに、使者は手慣れた様子で答えていく。
「先方からの条件がある。『かつてその工房で製作されていたものと同等の切れ味を持つ包丁』であること。それが納品されれば、提示された額を全額支払うとのことだ」
「……以前、作られていたもの……?」
レオンの頭の中で、数日前に訪れた商人の言葉が蘇った。
『王都で聖剣のように何でも切れる妙な包丁の噂を聞いてな。元はこの工房の職人が打ったものじゃないかと耳にしたのだが……』
王都の奇妙な噂。そして、目の前にある大口の注文書。
(……あいつか)
頭に浮かんだのは、追放した中年男、ガルドの顔だった。
ガルドがここで何本も包丁を打っていたのは知っている。料理人どもから妙に重宝されていたことも知っている。
(……あの包丁を、王都の連中が欲しがってるだと……?)
拳が強く握られる。
ガルドが打っていた包丁。見た目には特別な材料も使っていない、普通の鋼の包丁だ。
「……あれに、俺の知らねえ何かがあったのか?」
口から言葉がこぼれた。
(何をバカなことを考えてやがる。あいつは剣すらまともに打てない役立たずだったんだぞ。たかが包丁だ。刃物としての構造は剣より遥かに単純じゃねえか)
「どうする、引き受けてもらえるか? 難しそうなら他をあたるが」
探るような使者の問いかけに、レオンは眉をひそめた。ここで断れば、王都の商会連合との太いパイプを逃すことになる。何よりこの大金。
「フン、断る理由がねえな。引き受けよう」
「そうか。では、期日までに用意を頼む」
使者は短く頷くと、工房を去っていった。
使者の足音が遠ざかる音を聞きながら、レオンは工房の奥を振り返った。雑多な資材の陰、埃をかぶった箱の中に、一丁の古い包丁が転がっていた。
ガルドが昔打ち捨てていった、試作の包丁だ。
レオンはその包丁を掴み上げ、握り直す。光にかざして刃線を見た。
「……やっぱり、ただの包丁じゃねえか。見た目だって普通の鋼だ」
鼻で笑いながら、作業台の上に転がっていた余り木の端材へ、試しにトントンと刃を当ててみた。
「……ん?」
思った以上に、刃が素直に入った。
レオンは一瞬だけ眉をひそめた。
「……まあ、包丁なんだからこんなもんか」
そう呟いて、包丁を作業台へ放り投げた。
包丁職人が作った包丁だ。食材を切るためだけに特化させた道具に過ぎない。武器鍛冶である自分が本気を出せば、再現どころかもっと良いものが打てるに決まっている。
「特殊だか何だか知らねえが……あいつが作れたんだ。俺に作れねえはずがねえ」
作業台の上に置かれた注文書を握った指に力がこもった。
「同じものを作って、あの商会に納めてやる」




