第11話 騎士が食堂にやってきた
営業が始まったばかりの店内に、ずしりとした足音が響いた。
暖簾をくぐって入ってきたのは、体格のいい男だった。革の上着の上から軽甲冑を羽織り、腰には使い込まれた長剣を下げている。
鎧姿の騎士様が一人で入ってきたことで、テーブル席で酒を飲んでいた冒険者たちや地元の客が、かすかに身を硬くして視線を向けていた。
だが、俺にとっては腹を空かせた客の一人に過ぎない。
「いらっしゃい。空いてるカウンター席へどうぞ」
「あ、ああ……かたじけない」
騎士さんは軽く会釈し、カウンターの端に腰を下ろした。
「騎士さんかい。今日は何にする? うちのおすすめはオーク肉の鉄板焼きだが」
「では、それを頼む」
「あいよ」
俺はすぐに仕込みへ入った。
まな板の上に大きなオーク肉を置く。包丁を手に取り、肉の繊維に沿って刃を滑らせた。力を入れず、すっと引くだけで肉が綺麗に切り分けられていく。
視線を感じて顔を上げると、カウンターの端で騎士さんがこちらの様子を凝視していた。
なんだか、さっきからあの騎士さん、俺の手元をよく見ているな。
包丁の扱いでも珍しいのだろうか。特に気にするほどのことでもないため、俺はそのまま仕込みを終え、熱々の鉄板で肉を焼き上げた。
「はい、お待たせ」
香ばしい音と湯気を立てる鉄板を目の前に置く。
「かたじけない、いただきます」
騎士さんはナイフとフォークを取り、肉を一切れ口へ運んだ。
噛んだ瞬間、騎士さんの眉が跳ね上がった。
もぐもぐと口を動かしたまま、一瞬動きが止まる。そのままゴクリと飲み込むと、驚いたような顔で肉を見つめ、すぐさま二切れ目を口に放り込んだ。
「……美味いな。下処理はどうやっているんだ?」
「ん? 普通に筋を切って、タレに漬けて焼いただけですよ」
俺は台拭きで作業台を拭きながら、事もなげに答えた。
騎士さんは無言で肉を噛み締めながら、どこか納得のいかない表情を浮かべている。
そのまま黙々と食事を進めていた騎士さんだったが、ふと視線が横へ外れた。
厨房の脇、俺が先ほどまで使っていた三徳包丁をじっと見つめている。
さっきから、妙にあの包丁に視線を送っているな。肉を切るときに刃が光って眩しかっただろうか。
綺麗に食べ終えた騎士さんは、フォークを置くと声をかけてきた。
「……店主」
「はい? 追加の注文かい?」
「いや。差し支えなければ……その包丁を、少し見せてもらえないだろうか?」
俺は少し意外に思い、目を瞬かせた。
「これですか?」
「ああ」
「別にかまいませんが……」
包丁を見たい客なんて珍しい。俺は台拭きで包丁の身を水気がないよう丁寧に拭うと、柄を騎士さんの方へ向けて、カウンターの上に置いた。
「どうぞ」
「感謝する」
騎士さんはためらうように手を伸ばし、包丁の柄を持ち上げた。
持ち上げたままの手が固まっている。手首をかすかに動かしたきり、一言も発しない。
喉からゴクリと音を立て、包丁を自分の顔の高さまで引き寄せた。
刃先を見つめる騎士さんの顔から、さっきまでの穏やかさが消えていた。まるで何かに挑むような真剣な顔つきで、刃を見つめている。
「…………」
急に黙り込んで包丁を見つめ始めた様子に、俺は声をかけた。
「どうかしました?」
返事はない。
ただ、手にした包丁を食い入るように見つめ続けている。
さっきまで普通に飯を食っていた男とは、まるで別人のようだ。
(……なんなんだ?)
俺には、さっぱり分からなかった。




