第10話 その包丁、どこで手に入れた?
王都の鍛冶街。金属を打つ音が絶え間なく響く一角に、熟練の鍛冶師バラムの工房があった。
「珍しいな、ライナス。商談のついでか?」
そう声をかけたバラムに、商人のライナスは懐から布包みを取り出し、作業台の上へ置いた。
「バラム、頼みがある。これを見てくれないか」
「なんだ? 骨董品でも仕入れたか?」
バラムは鼻で笑いながら布をめくった。現れたのは、どこにでもありそうな一丁の包丁だ。過度な装飾もなく、珍しい魔鉱石が使われている様子もない。
「……三徳包丁か。手入れは悪くないが、普通の道具だな。これがどうした?」
「まあ、握ってみてくれ」
ライナスの真剣な眼差しに首をかしげつつ、バラムはごつごつした手で包丁の柄を握り取った。
バラムの眉がかすかに動いた。
(……ほう)
重心が妙にいい。刃を持ち替えても、手首に負担がかからない。
「仕事は丁寧だな。職人が手間をかけて研ぎ上げたものだ。だが……」
「カブがある。それで試してみてくれ」
バラムは台の上にあったカブへ刃を当てた。腕の重みを乗せる程度に、軽く刃を滑らせる。
すっ。
抵抗がなかった。
「……ん?」
手が止まった。
切れた感触すら手に残らない。皮を断ち、果肉を押し分け、板に届くまでのわずかな引っかかりが一切存在しなかった。最初からそこに空気しかなかったかのようにカブが二つに割れている。
バラムは絶句して刃先を見た。
角度を変え、今度は硬い人参の切れ端に刃を立てる。
すっ。
音もなく、鏡面のような断面を残して削ぎ落とされた。
「……おい、ライナス」
バラムの声から軽みが消えていた。
「この刃……おかしいぞ」
「何がだ?」
「何度切っても、刃の感触が変わらん。鍛造も研ぎも丁寧な仕事だが……それだけじゃ説明がつかん。こんな鋼の仕上がり、見たことがない」
バラムは包丁を眼前まで引き寄せ、穴が開くほど見つめた。
刃を裏返し、研ぎ跡を探した。だが、どこを見ても答えが見つからない。
「こんな刃、俺は見たことがない……これを包丁として作ったというのか? 武器ではなく?」
「ああ。元の持ち主はそう言っていた」
バラムの呼吸が荒くなる。彼は柄を握り直し、顔を上げた。
「……これは誰が作った? どこで手に入れたんだ?」
ライナスは答えた。
「王都の外れにある、ガルドの食堂ってとこの親父から買い取ったんだ。前は包丁職人をやっていたと言っていたな」
「食堂の……親父だと?」
バラムは耳を疑った。
王都の外れ。有名でもない食堂。そこで腕を振るう、ただの親父。
(そんな男が……こんな包丁を日常の料理に使っているというのか……!?)
バラムは包丁を握りしめたまま、しばらく天井を見上げていた。
「……王都の外れに、こんなもんを作る職人がいるというのか……」
◇
その日の夕刻、鍛冶街の居酒屋では、バラムが同業者相手に興奮気味に語り散らす姿があった。
「嘘だと思うなら見に来い! 普通の鍛冶じゃ説明がつかない包丁だ! あんなものを打てる奴が、王都の外れにいるんだよ!」
「おいおいバラム、一杯引っ掛けすぎだろ」
職人たちは半信半疑で笑い飛ばしたが、バラムのあまりに真剣な表情に、目つきが変わった。
「王都の外れにある食堂か……」
「とんでもない技術を持った包丁職人がいるらしい」
尾ひれのついた噂が王都の路地裏へと染み出していく。
ガルドはその頃、暖簾を仕舞い、厨房の掃除を終えたところだった。
「ふぅ。明日も早起きして、いい野菜を仕入れに行かないとな」
ガルドは包丁を丁寧に拭き上げると、いつものように棚へ収め、店の灯りを消した。




