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回復魔法が万能な異世界で「治療魔法を使うな」と言ったら追放された 〜何もしない治療師の、静かな異世界譚〜  作者: 蒼野澪
第二部 正解にしない

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第80話 二つの答え

 戸板に、乗せられていた。


 男だ。


 年は、四十より上だろう。


 朝から動かない、と連れが言った。


 俺は、寝台の脇に膝をついた。


 周りに、人がいた。


 昼に見ていた連中だ。


 半分は、そのままついてきていた。


 脈を取る。


 弱い。


 遅い。


 速いのと、遅いのは、違う。


 首に、指を当てる。


 冷たい。


 冷たいのは、いい。


 問題は、そこじゃない。


 腹に、掌を置く。


 待つ。


 返ってこない。


 肩に、移す。


 待つ。


 返ってこない。


(……終わってる)


 どこにも、押す場所がない。


 押す場所は、戻る力が残っているところにしかない。


 俺は、手を離した。


 立ち上がった。


 連れが、俺を見た。


「これは、終わっている」


 俺は、そう言った。


「終わってる、って」


「戻らない」


「まだ、息はしてる」


「してる」


「じゃあ」


「戻らない」


 連れの男が、俺の腕を掴んだ。


「さっき、触ったじゃないか」


 昼のことだ。


「触った」


「あれは、治っただろ」


「治った」


「じゃあ、こっちも触れよ」


 俺は、答えなかった。


 答えられなかった。


 昼の男には、押す場所があった。


 この男には、ない。


 同じ手だ。


 同じ順番だ。


 違うのは、身体の方だ。


 それを、どう言えばいいのか。


 押せば治る、ではない。


 押せる身体と押せない身体がある、でもない。


 言えば、規則になる。


 規則になれば、次は誰かが、それで見分ける。


 見分けは、規則ではできない。


「答えろよ」


 連れが、言った。


 俺は、腕を離させた。


「触っても、戻らない」


「やってみなきゃ分からないだろ」


「分かる」


「なんで分かるんだ」


 即答が、できなかった。


 初めてだった。


「……見れば、分かる」


 俺は、そう言った。


 言った瞬間に、間違えたと分かった。


 これは、答えではない。


 俺にしか使えない答えだ。


 連れの男は、俺を見ていた。


 怒っている。


 その怒りが、途中で止まっていた。


 止まった先が、なかったからだ。


 俺は、戸を出た。


 背中で、誰かが言った。


「気まぐれだ」


 その通りだった。


 外から見れば、その通りだ。


 息を吐く。


 吐く方を、長く。


 夜のうちに、男は死んだ。

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