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回復魔法が万能な異世界で「治療魔法を使うな」と言ったら追放された 〜何もしない治療師の、静かな異世界譚〜  作者: 蒼野澪
第二部 正解にしない

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第75話 北の男の噂

 街を出た。


 北へ向かう道の、宿場で泊まった。


 食堂の隅で、話を聞いた。


 聞くつもりは、なかった。


 声が、大きかっただけだ。


「北の町の治療官が、人を殺したらしい」


「殺した」


「触ったんだ」


「触って、死んだ」


 俺は、椀を置いた。


「治療所は、閉めたのか」


「閉めてない」


「閉めてないのか」


「閉めないから、揉めてる」


 男は、笑わずに言った。


「一人でやってるらしい」


「一人で」


「弟子も取らないと」


「一人で、揉めてるのか」


「揉めてる相手は、町だ」


 男は、そう言った。


「治療所を閉めろと言う奴がいる」


「閉めるなと言う奴もいる」


「どっちも、触るなとは言ってる」


 俺は、椀を見ていた。


(……あの男だ)


 あの夜、寝台は二つ残っていた。


 一人は、待てば戻る身体だった。


 もう一人は、たぶん戻らない身体だった。


 男は、戻らない方の脇に膝をついた。


 しばらく手を当てて、立ち上がって、言った。


 光を、入れます。


 戻らないぞ、と俺は言った。


 戻らないかもしれません、と男は言った。


 ですが、この人は、待っても戻らない。


 俺は、何も言わなかった。


 言う必要が、なかった。


 結果は、朝まで分からないと思った。


 分かったのだろう。


 戻らなかったのだろう。


 俺は、その朝に町を出ていた。


 出た後のことは、知らない。


「その治療官は」


 俺は、聞いた。


「なんて呼ばれてる」


「名前は知らん」


 男は、肩をすくめた。


「あの紙を書いた男の、弟子だと聞いた」


 俺は、頷いた。


 頷いて、椀を持ち上げた。


 中身は、冷めていた。


 紙を書いたのは、ルドだ。


 書かせたのは、俺だ。


 あの男は、書いていない。


 読んでも、いないかもしれない。


 それでも、弟子だと言われている。


「北へ行くのか」


 男が、聞いた。


「行く」


「やめとけ」


「なぜ」


「あそこは、揉めてる」


 揉めている。


 揉めているうちは、まだいい。


 誰も何も言わなくなったら、終わりだ。


 南の街では、誰も揉めなかった。


 紙が、貼ってあるだけだった。


 息を吐く。


 吐く方を、長く。


 俺は、勘定を置いて立った。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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