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回復魔法が万能な異世界で「治療魔法を使うな」と言ったら追放された 〜何もしない治療師の、静かな異世界譚〜  作者: 蒼野澪
第二部 正解にしない

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第72話 光だけの死

 五日目に、男が運ばれてきた。


 俺は、荷を降ろした帰りだった。


 戸板に乗せられて、四人がかりで運ばれていく。


 顔を、見た。


 白い。


 唇が、紫だ。


 息が、浅い。


 胸が動いているのに、入っていない。


(……上が、詰まってる)


 喉か、肩か、背中のどこかだ。


 傷は、腕にあった。


 深いが、致命ではない。


 治療所に、入っていく。


 俺は、外に立っていた。


 戸は、開いていた。


 治療官が来た。


 昨日の、若い方だ。


 掌を開く。


 光が、灯る。


 腕の傷が、塞がっていく。


 きれいに塞がった。


 血は、止まった。


 男の息は、変わらなかった。


 浅いままだ。


(……そこじゃない)


 治療官も、気づいていた。


 顔を見れば、分かる。


 手が、動きかけた。


 男の肩へ、伸びかけた。


 伸びて――

 止まった。


 止まって、下ろされた。


 もう一度、光を当てた。


 傷は、もう塞がっている。


 塞がったところに、また当てた。


 やることが、それしかなかったからだ。


 家族が来た。


 息子だ。


「治りますか」


「傷は、塞ぎました」


「ありがとうございます」


 息子は、頭を下げた。


 治療官も、下げ返した。


 二人とも、間違ったことはしていない。


 俺は、戸の外に立っていた。


 立って、見ていた。


 入って、肩に手を当てれば、たぶん戻った。


 たぶん、だ。


 絶対では、ない。


 だが、この場合、たぶんは十分に高い。


 入らなかった。


 入って戻せば、この街で「触れば治る」が始まる。


 戻せなければ、「触ると死ぬ」が確かめられる。


 どちらでも、あの紙が強くなる。


(……止めたら、俺が正解になる)


 昔、そう思った。


(……止めなければ、俺の影が正解になる)


 この前は、そう思った。


 今度は――


 どちらを選んでも、俺の紙が根拠になる。


 男は、翌朝に死んだ。


 俺は、通りでそれを聞いた。


 息子が、治療所の前に立っていた。


 泣いては、いなかった。


「作法のせいだ」


 息子は、そう言った。


 誰かに聞かせるためでは、ない。


 自分に、言い聞かせていた。


 違う、と俺は思った。


 作法は、もうこの街の誰もやっていない。


 殺したのは、紙だ。


 俺が、書かせた紙だ。


 息を吐く。


 吐く方を、長く。


 吐いても、入ってこなかった。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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