第69話 触らない街
季節が、幾つか巡った。
道を下って、次の街に入った。
規模も、制度も、これまでと大差はない。
通りの真ん中で、人が倒れていた。
輪が、できている。
十人ほどか。
誰も、近寄らない。
俺は、足を止めた。
倒れているのは、荷を担いでいた男だ。
背に、紐の跡が残っている。
顔が、白い。
口が、浅く動いている。
(……詰まってる)
輪の中から、声がした。
「触るな」
俺にではない。
前に出かけた若い男に、だ。
「触ると、死ぬ」
「死ぬのか」
「そう書いてある」
書いてある。
俺は、その言葉を飲み込んだ。
誰かが、治療官を呼びに走ったらしい。
男の口が、止まりかけていた。
俺は、輪に入った。
誰も、止めなかった。
止める役の人間が、いなかっただけだ。
膝をつく。
首に、指を当てる。
脈は、ある。
速くて、浅い。
肩の下に、手を入れる。
硬い。
背中が、閉じている。
紐が、ずっと同じ場所を締めていた身体だ。
首の横に、指を這わせる。
喉の脇が、突っ張っている。
顎の下まで、続いていた。
顔を、横に向けさせる。
それだけで、少し通った。
一点に、指を沈める。
押す。
待つ。
重さを、預ける。
男の胸が、一度、大きく動いた。
息が、入った。
「吸って」
俺は、言った。
「吐く」
「吐く方を、長く」
男が、真似た。
二度目で、色が戻った。
三度目で、目が開いた。
自分がどこにいるか、分かっていない顔だった。
それで、いい。
分かる前に、息が戻っていればいい。
それだけだ。
俺は、手を離した。
立ち上がる。
輪は、さっきより広がっていた。
誰も、礼を言わなかった。
後ろで、声がした。
「触ったぞ」
「見たか」
「見た」
助かった男の連れが、俺を見ている。
感謝の顔では、なかった。
怖い、という顔だった。
「……あんた」
連れが、言った。
「今、触ったよな」
「触った」
「大丈夫なのか」
誰が、とは言わなかった。
倒れた男のことでは、ないのだと分かった。
(……俺が、か)
俺は、答えなかった。
荷を担ぎ直して、歩き出す。
背中に、視線が残った。
息を吐く。
吐く方を、長く。
この街では、誰も、人に触らない。
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