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回復魔法が万能な異世界で「治療魔法を使うな」と言ったら追放された 〜何もしない治療師の、静かな異世界譚〜  作者: 蒼野澪
第二部 判断は、教えられない

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第62話 教えてください

 北へ戻ったのは、ルドが呼びに来たからだ。


 三日かけて下ってきたらしい。


 あの男が、走っていた。


 走るところを、初めて見た。


「二人だ」


 息が上がっていた。


「待つ部屋で、二人」


 俺は、荷を担いだ。


 道中、ルドは何も言わなかった。

 言えることが、なかったのだろう。


 道中、俺たちは休まなかった。


 北の町に着いたのは、三日目の昼だった。


 治療所の前に、人は集まっていなかった。


 それが、答えだった。


 一人目のときは、人が集まった。

 二人目からは、集まらない。


 三人目からは、話にもならない。


 人は、そうやって慣れる。


 中庭に、あの男が座っていた。


 地面に、直接座っていた。


 帳面が、傍に落ちている。

 開いたまま、風でめくれていた。


 俺を見て、立ち上がろうとして、うまく立てなかった。


「……来てくださったんですね」


 俺は、答えなかった。


 答えられなかった。


「二人とも」


 男は、乾いた声で言った。


「待てば戻ると、思いました」


「……ああ」


「戻りませんでした」


 俺は、その帳面を拾った。


 三のところが、書き直されていた。


 消して、書いて、また消してある。


 【戻るまで、待て】

 【戻れる状態に……】


 途中で、止まっていた。


 書けなかったのだ。


 書き方が分からなかったからじゃない。


 どう書いても、次に読む人間には、順番にしか見えないからだ。


 この男は、それに気づいてしまった。


 気づいて、それでも部屋を開け続けた。


 閉じれば、今いる患者が行き場を失う。


「やめれば、よかったのに」


 俺は、そう言った。


「やめられません」


 即答だった。


「今日も、五人来ています」


 俺は、中庭の奥を見た。


 寝台が、埋まっている。


 やめれば、この五人が神殿へ行く。

 神殿へ行けば、光を当てられる。


 当てて助かる者と、当てて壊れる者がいる。


 どちらへ転んでも、誰かが死ぬ。


 男は、地面に手をついた。


 そして、頭を下げた。


「教えてください」


 俺は、動けなかった。


「正しいやり方を」


「……」


「あなたにしか、分かりません」


 昔、若い治療官に同じことを言われた。


 あのときは、断った。


 断った理由も、はっきりしていた。


 俺が教えた瞬間、

 お前が失敗したら、

 次は、俺のせいになる。


 あのときは、断っても、誰も死ななかった。


 今は、違う。


 男は、頭を上げなかった。


 中庭に、風が入った。


 物干しの布が、また鳴っていた。


 俺は、その音を聞いていた。


 息を吐く。


 吐く方を、長く。


 男は、まだ頭を上げない。

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