第60話 同じ望み
町外れの水場で、白い法衣を見た。
治療官ではない。
あの立ち方を、俺は知っている。
顔は、前の男とは違った。
目が、同じ種類だった。
調停官は、そういうふうに作られているのだろう。
「捕まえに来たのか」
「いや」
「今日も、捕らえる気はない」
男は、水場の縁に腰を下ろした。
俺も、少し離れて座った。
「あの部屋を、潰したい」
前置きなしに、そう言った。
「神殿がか」
「そうだ」
「理由は」
「管理されていないからだ」
いつもの答えだ。
「それだけか」
男は、少し黙った。
「……人が、死んでいる」
初めて、そう言った。
言い慣れていない言い方だった。
俺は、水面を見ていた。
この男が、それを数えている。
数えて、覚えている。
俺は、数えていない。
「教えてくれるか」
「教えない」
「なぜだ」
「教えれば、君はそれを使う」
その通りだ。
「君の望みと」
男は、立ち上がった。
「我々の望みは、今だけ同じだ」
同じだ。
あの部屋を止めたい人間が、二人いる。
片方は、人が死ぬのを止めたい。
片方は、管理されていないものを消したい。
結果は、同じ形をしている。
「一言、名乗ればいい」
男は言った。
「君が、元の者だと」
「あれは違う、と言えばいい」
「言ったら」
「あの部屋は、明日には畳まれる」
「そのあとは」
「神殿が引き取る」
「管理下で、同じことをするのか」
「同じではない」
男は、俺を見下ろした。
「我々には、記録がある」
「数を、数えられる」
俺は、答えられなかった。
それは、この作法にないものだ。
死んだ人間を、死んだと数える。
それだけのことが、今、どこにもない。
俺のところにも、ない。
「……組まない」
しばらくして、そう言った。
「なぜだ」
俺は、口を開いた。
開いて、閉じた。
理由は、いくつも浮かんだ。
浮かんだものが、どれも、この男の言ったことに答えていなかった。
「……分からん」
男は、少し黙った。
「理由もなく断るのか」
「ああ」
情けない話だった。
「……相変わらずだな」
男は、そう言った。
「だが、覚えておけ」
白い法衣が、水場を離れた。
「君が動かないなら、我々が動く」
「我々のやり方で、だ」
俺は、水を汲んだ。
冷たい。
息を吐く。
吐く方を、長く。
水面が、まだ揺れている。
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