第54話 探されている
川を渡る前に、もう一泊した。
渡し場の宿は、混んでいた。
北から来る人間が、多いらしい。
相部屋になった行商の男が、勝手に喋った。
「北はいいぞ」
「作法か」
「知ってるのか」
男は、身を乗り出した。
「うちの町にも、待つ部屋ができた」
「治療官が二人、習いに行った」
二人。
俺は、湯呑みを置いた。
「習いに」
「そうだ」
「今は、教える人がいるからな」
教える人。
息を、整えた。
「一人か」
「元は一人だ」
男は、指を立てた。
「だが、その人に習った奴が、また教えてる」
「今はもう、何人いるか分からん」
枝分かれしている。
一語違いのまま、分かれて、
分かれた先でまた、少しずつ違っていく。
誰も、元の文を持っていない。
「その、教えてる人ってのが」
男は、声を落とした。
「人を探してるらしい」
俺は、動かなかった。
「探して」
「元の人だとさ」
男は、面白そうに笑った。
「作法を、最初にやってた人」
「北の治療所じゃ、ちょっとした噂だ」
「……見つかるのか」
「さあな」
男は、寝台に転がった。
「もう死んでるって話もあるし」
「神殿に追われてるって話もある」
俺は、天井を見た。
追われてはいない。
あの日、調停官は言った。
神殿は、君を責めない。
俺は、自分で消えることを選んだ。
それが、いつの間にか、追われた話になっている。
人は、空いた場所を埋める。
(……同じだ)
作法と、同じだ。
俺が黙って空けた場所に、
誰かが、それらしいものを入れた。
男は、すぐに鼾をかき始めた。
俺は、しばらく眠れなかった。
追われるのは、慣れている。
村を追い出された。
団を出された。
異端と呼ばれた。
そして、自分から消えた。
求められるのは、初めてだ。
名乗れば、迎えられる。
迎えられれば、上に置かれる。
上に置かれたものは、疑われない。
疑われないものが、いちばん人を殺す。
(……怖いな)
正直に、そう思った。
神殿より、よほど怖い。
窓の外で、川が鳴っていた。
明日、渡る。
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