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回復魔法が万能な異世界で「治療魔法を使うな」と言ったら追放された 〜何もしない治療師の、静かな異世界譚〜  作者: 蒼野澪
第二部 名前のついたもの

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第50話 待つための部屋

 三日、歩いた。


 着いたのは、川沿いの町だった。

 規模も、制度も、これまでと大差はない。


 回復魔法があり、神殿があり、壊れるまで頑張る人間がいる。


 違ったのは、治療所だった。


 表は、どこにでもある治療所だ。

 白い法衣が二人。

 光が、ときどき灯る。


 だが、奥に、もう一つ部屋があった。


「あちらは」


 順番待ちの女に、聞いてみた。


「待つための部屋ですよ」


 女は、当たり前のように答えた。


「光を当てない人が、入るんです」


 俺は、入口から中を覗いた。


 寝台が、六つ。


 清潔だった。

 静かだった。

 整然としていた。


 窓は開けてある。

 水差しが、枕元に置いてある。

 付き添いの家族が、椅子に座っている。


 誰も慌てていない。

 誰も、光を当てていない。


(……できている)


 正直に言えば、そう思った。


 俺が一人で、宿の裏手や路地でやっていたことが、

 部屋の形になって、そこにあった。


 順番があり、記録があり、担当がいる。


 俺には、作れなかったものだ。


 壁に、書きつけがあった。


 墨で、太く。

 子どもでも読めるように。


 【戻るまで、待て】


 俺は、しばらくそれを見ていた。


 息が、浅くなっているのに気づいた。


(……吐け)


 自分に、言った。


 吐く方を、長く。


「立派でしょう」


 付き添いの男が、俺を見て笑った。


「作法どおりにやれば、治るんです」


「作法」


「ええ」


 男は、誇らしげだった。


「うちの婆さんも、それで戻りました」


 嘘ではないだろう。


 戻る者は、戻る。

 それは、俺が一番よく知っている。


 問題は、戻らない者だ。


 戻らない者を、どこで見分けるか。

 いつ、手を引くか。


 それを、この部屋のどこにも見つけられなかった。


 寝台の一つに、若い男が寝ていた。


 顔色が、いい。


 いいのではない。

 ――軽い。


 治療魔法を受けた直後の、あの軽さだ。

 感覚が、先に壊れている。


 この男は、待つ相手じゃない。


 俺は、口を開きかけて、やめた。


 言えば、聞かれる。

 聞かれれば、誰だと聞かれる。


 名乗れば、この部屋の壁に、もう一つ書きつけが増えるだけだ。


 俺は、治療所を出た。


 外は、よく晴れていた。


 息を吐く。


 吐く方を、長く。


本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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