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回復魔法が万能な異世界で「治療魔法を使うな」と言ったら追放された 〜何もしない治療師の、静かな異世界譚〜  作者: 蒼野澪
幕間

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第48話 息を吐く場所

 あの街を出てから、季節が一つ巡った。


 俺は、相変わらず歩いている。

 行き先は、決めていない。


 回復魔法があり、神殿があり、壊れるまで頑張る人間がいる。

 どこへ行っても、大差はない。


 名乗らない。

 教えない。

 触らない。


 それだけは、変わらなかった。


 ある宿場で、妙な噂を聞いた。


「無理をするな、って言う変な男がいるらしい」


 それだけの噂だ。

 俺の話かどうかも、分からない。


 形を失って、誰のものでもなくなった噂。

 むしろ、その方がいい。


 名前がつけば、制度になる。

 制度になれば、使い潰される。


 名前のないものは、誰にも管理できない。


 俺は、小さな村に立ち寄った。

 水を分けてもらうだけのつもりだった。


 その村の治療所で、若い治療官見習いが、患者に光を当てようとしていた。


 手が、止まっている。


 俺は、足を止めた。

 何も言わない。


 見習いは、しばらく迷ってから、掌の光を消した。


「……今日は、やめておきます」


 患者の家族が、不安そうに見上げる。


「治さないんですか」


「もう一度かけたら、戻らなくなる気がして」


 見習いの声は、震えていた。


「誰かに、教わったのか」


 家族が尋ねる。


「いえ」


 見習いは、首を横に振った。


「ただ……そういう話を、どこかで聞いた気がして」


 俺は、それ以上見なかった。


 水袋を満たし、村を出る。


 正しかったかどうかは、分からない。

 あの患者が助かるかも、分からない。


 だが、見習いは、止まった。


 誰に教わったわけでもない。

 俺が触ったわけでもない。


 ただ、止まる、という選択が、

 形を失ったまま、どこかから届いていた。


 それで、十分だ。


 街道に出ると、風が出ていた。

 雲の流れが、早い。


(……悪くない巡りだ)


 根拠はない。

 ただ、身体がそう感じている。


 止まれる場所は、増えてはいない。

 世界は、何も変わっていない。


 だが――

 減っても、いない。


 一人分の幅が、また一つ、

 俺の知らない場所に、できた。


 それだけのことだ。


 道端で、誰かが立ち止まっているのが見えた。

 倒れてはいない。

 走ってもいない。


 ただ、深く息をしている。


 俺は、何も言わなかった。

 触らなかった。


 ただ、同じように、息を吐く。


 吐く方を、長く。


 流れは、今日も動いている。

 逆らえば、押し流される。


 だが、流れの外に立つことはできる。


 ほんの一瞬でも。

 一人分の幅でも。


 俺は、また歩き出した。


 名もない仕事を、

 名乗らないまま。


 名前のないものは、誰にも管理できない。


 そう思っていた。


 ――北の方から、

 妙な言葉が流れてくるまでは。


お読みいただき、ありがとうございました。


主人公は、何も成し遂げません。世界も変わりません。

ただ、「止まる」という選び方が、

誰のものでもない形で、少しずつ広がり始めています。


――誰のものでもない、はずでした。


次話より、第二部が始まります。


彼が名前をつけなかったやり方に、

誰かが名前をつけました。


「待ちの作法」と呼ばれるそれは、

一語だけ、間違っています。


引き続きお付き合いいただけましたら幸いです。


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