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星環の遺産  作者: クリスタルボウイ
火星航路編

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9/21

9.アレックス・ハーラン

 俺は、中型クルーザー級宇宙船で神谷とアステロイドベルト中継ステーションに向かっている。


 ナタリアがトア――オルディアのオフィスで作戦を説明している時、悟られない様に神谷を観察していた。

衛るに値する人物だと感じた。





 俺は、アメリカ海兵隊で、ある作戦で左手を失った。捕虜になった味方の救出作戦だ。



 敵戦線から撤退中、敵に発見された俺たちは遮蔽物に身を隠した。


 戦闘が始まり、遮蔽物に身を隠す我々に向かって放り込まれた手榴弾を、とっさに手に取り投げ返したが、手を離れた瞬間爆発し手首から先を失った。


 撤退には幸い成功した。




 野戦病院で療養していると、仲間が入れ代わり、立ち代わり見舞いと慰めに現れた。

お前のお陰で助かった だの、お前がいなかったら成功しなかった だの……

 俺の左手に話が及ばない様……だがちらちらと目に入れている事が分かった。



 傷が塞がり始め、そろそろ退院かと言うタイミングで、分隊長がやってきて俺に言った。


「よろこべ、後方送りだぞ。」と……


(後方送りか……)


 体の良い除隊勧告なんだろう。

 左手を失った軍人が前線に出る事はない。軍に残っても事務仕事だ。


 ハイスクールを卒業して最初の仕事が軍隊だった。常に前線で任務に当たっていた軍人が事務仕事が我慢できる筈がない。


 どうせ前線に出れないなら……




……前線に出れないなら だと?




 前線に出たらなんだ? 人を殺すのか? 俺は前線に出たいのか? 大義をベースに殺人をしたいのか? それとも、喉に血の味を感じながら、ひりつくような緊張感で生きている実感を味わいたいのか? スリルジャンキーなのか?



 俺が、ふと今までの足跡に気づいた瞬間だった。



 傍では分隊長が話を続けている。


 多分退役後の希望ある生活でもしゃべっているんだろう。だが、今までの足跡に気づき、自問自答している俺の耳には何も入ってこなかった。聞こえてはいるが、聞いた瞬間に忘れている。必要な事として脳に残らなかった。




 ひとしきり話すと分隊長は去っていった。



 ベットの上には退役届と、転属書が置いてある。


 どちらか好きな方を選べと言う事なんだろう。




 考えが纏まらなかった俺は、取り敢えず転属を選択した。



 決断を保留し、後方での事務仕事を選択したのだ。



 俺のように取り敢えず事務仕事を選択した隊員は、それ程間を開けず退役を選択する者が多かったらしい。が、事務仕事中も自問自答を繰り返す俺は、仕事内容に気を配る事もなく、淡々と日々が過ぎていった。



 気が付くと1か月。



……1か月だと!?



 再び自分の足跡に気づいた。



 1か月!? 俺は前線に出る事ではなく、今後何をすればいいのか1か月も考えていた。



 ……なんだ、俺は殺人鬼じゃないじゃないか。


 スリルを求めている訳でもないじゃないか?


 ただボーっと生きていけるじゃないか!



 夕日が横顔にかかっている事に気づく。



(あぁ……暖かい。)



 戦場で夕日は戦闘環境の変化で忙しい。


 食事の用意に始まり、残弾確認、照明の点検、バリケードの補修、夜間歩哨…… 一日の終わりなんてない。それが、こんなにも穏やかな気持ちで夕陽を見れるなんて。夕日はこんなに穏やかな暖かさだったんだなぁ。


 夕日が手にかかり、手に感じる温もりの違いが ILL──

(IntelliLink Limbインテリリンク・リム──ウェアラブル端末と神経同期する義手だ)

──ILLと肉体の継ぎ目を際立たせる。


(人を生かす仕事がしたいな……)


 手袋をしたILLをなでながら、ふと、この考えが湧いてきた。




 それってなんだ?


 ……そうだボディーガード!



 俺はすぐに退役した。


 その時のボスは驚いたような安心したような顔をしていた。

 俺の目に浮かぶ輝きの色の違いを感じたのか、ようやく退役を選択した事に安堵したのか……



 そして、民間警備会社に就職したわけだが、まぁ酷かった。

 何がって、クライアントのレベルがだ。


 連中ときたら、ボディーガードを付けてる事を良い事に、好き勝手な行動をしやがる!

 身辺に危険があるから俺たちを雇っているんだろうが、全ての危険を俺たちが取り除けると考えてやがる!


 もちろん、そんな奴ばかりではないが。


 クライアントレベルが低すぎて命を落とす危険を考え、俺は転職を考えていた。


 笑えるだろ? 危険を顧みず前線で戦っていた俺が、命の危険を感じて転職を考える……


 俺は、なんてまともな奴になったんだ!



 そんな時だ。スペース・インシュアランス・オルディアにスカウトされた。


 それは信じられないような好待遇だった。新設する保安部要員として勤務し、軌道に乗った暁には保安部の指導員を引き受けてほしいと言うのだ。







 そして三年。



 この任務が終われば、俺は約束されていた保安部指導員になる。


 神谷は護衛対象としては問題ない。学者にしては常識人と言える。体裁きは……まあ、それなりだ。


 トア出発前、不穏な動きを察知した。どうやら神谷はマークされている。


 予定しているアステロイドベルト便の搭乗員名簿を入手し、エージェントの当たりを付ける。


 監視、拉致、殺害が任務なら、恐らく席は神谷の後方。


 オルディアの協力で予定の便を欠航扱いにし、この連中を別便に振り分ける。

 策に気づかれたとしても便の変更を希望、キャンセル、未搭乗ならエージェントをある程度特定できる。


 驚いたことに、そのエージェントは神谷の便に乗せろともめ事を起こした。

 ったく、初心者か!? あきれてしまう。


 まぁ……作戦だろうが。




 宇宙を見ながら物思いに耽っていた俺は、クルーザー真ん中あたりに席を取る神谷に目を戻す。

 後頭部が僅かに見える。頭の傾きから思うに眠っているようだ。



 神谷を無事に帰してやりたいと俺は思う。


 そろそろ定期報告の時間だ。


 俺は席を立ち、共有部に向かって移動を開始した。

と、空気の流れにかすかな違和感を感じ俺は振り返る。


 気のせい…… いや、俺は確かに感じていた。

水曜日、お昼ごろ更新予定です

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