8.神谷レイ
特に見たい映画じゃなかった。本当に偶然だ。
幼い頃……多分、物心ついたばかりか少し経った頃だと思う。
離れに住む年の離れた兄の部屋に遊びに行ったとき、兄は映画を見ていた。
兄は古い映画が好きで、アキハバラ?そんな名前の電気街の裏路地で、廃棄DVDを二束三文で買ってきては「B級だ」「C級だ」と自己評価する、自称映画マニアだった。
この時代、DVDなんてアナログ媒体プレイヤーがあること自体が奇跡だ。動画データがデジタル記録されているのは知っている。物理的な記録媒体に保存されていること自体アナログで、今では骨董品だ。
スクリーンの中で、男がジャングルを切り裂き、鞭を振るっている。
ジャングル?コンクリートの壁だらけの街を言うんじゃなかったっけ?
冒険にどうしてドジな女が必要なのか?子供の俺にはわからなかった。
突っ込みどころ満載だ。
作りもひどい。
ワイヤーアクション丸見えの空中シーン。
編集箇所バレバレの動画加工。
真剣に演じているアクターが可哀そうで、思わず笑いそうになった。
インディージョーンズシリーズというらしい。
主人公は超有名な俳優らしかったが、兄の評価は低かった。
しかし、ストーリーは練り込まれていたと思う。
映像の拙さに慣れるにつれ、物語に自分を重ね始め、いつしか真剣に見入っていた。
胸の奥で何かが燃え始めていた。未知の世界を切り開く考古学者──なにそれカッコいい!
その響きに、俺の子供心は奪われた。
今の時代、木が生い茂るジャングルなんて見たことがない。
アマゾン?通販サイトのことじゃないの?
だから、近所の空き地を映画のジャングルに見立てた。
閉鎖された工場は古代遺跡、地下通路は神殿への入口。
遭遇する猫はトラ、ゴキブリは巨大昆虫。
姿勢を低くして草むらを抜けるとき、僕は映画の主人公になりきっていた。
一人きりの冒険。それが気に入った。
近所に同世代の友人がいなかった僕には、孤独なヒーローに親近感を覚えた。
考古学者への情熱は、学生になっても消えておらず── いや、少し違うな。
この歳になれば物事の分別は付く。
──冒険心を胸の片隅に考古学を専攻した。子供のころ夢に見た光景に淡い期待を抱いて。
だが、現実は違った。
泥まみれの発掘現場どころか、埃まみれの文献と格闘する日々。
ジャングルも遺跡もない。
あるのは数字と資料と、自慢話だらけの退屈な研究発表。
冒険なんて、スクリーンの中だけのものだと悟った瞬間、胸の火が消えた。
夢は現実で上書きされた。
つい、さっきまで。
クライアントの言葉が、すべてを変えた。
「封印を解け」
その瞬間、胸の奥で何かが弾けた。あの鞭の音が、再び耳に響いた気がした。
震えたよ。
心に火がついてしまった。
子供の頃、空き地で草をかき分けたあの感覚が蘇る。
ジャングルじゃない。
だが、俺にとってはそれ以上だ。
あのテーマソングが心の中で鳴り続けて止まない──。
気が付けば、隣にはドジな?女の子もいる。なるほど、必要性を実感した。
この現実がスクリーンになったんだ!
次の土曜更新予定です




