7.漂着した謀略
「なぁ、ところであれは?」
3人が中型クルーザー級の宇宙船に乗り、アステロイドベルト中継ステーションに向かってトアを出港した直後のことだ。神谷は窓の外に視線を向けながら、隣のセリカに問いかけた。船内は白い壁と柔らかな照明に包まれており、利用客はまばらだ。
実は、他国エージェントの妨害を避けるため、この便が欠航扱いになるようアレックスが手を回していた。そのため、この船には神谷とセリカ、アレックスの3人に加え、オルディア関係者と身元のはっきりしたテラノバの人間しか乗っていない。
出港時には、乗船を巡って小さな揉め事があった。アレックスは『あえて自分の身元を明かす未熟な奴──神谷を一般人と考えた愚か者だ』と吐き捨てていた。つまり、揉め事を起こしたのは他国のエージェントだったのだ。
"あれ"とはトアと同じL1宙域に浮かぶ、異様な影についてだ。
宇宙空間では距離感が掴みにくいが、目測で10km以上先だろう。神谷の視線の先には、金属の塊にアンテナやパネルを無理やり貼り付けたような構造物があった。
それには、かつて宇宙船だった面影が、わずかに残っている。
セリカは窓の外に目をやり、やがて神谷の視線の先を捉えると、軽く息をついた。
「あぁ……クウロン号ですね。」
どこかで聞いたことがあるように感じ、記憶を探る神谷。
「確か、二期工事終了間近頃だから……2155年です。宇宙船の難破事件、覚えてます?神谷さんは地球にいたと思うので、3年前の冬。」
そう言われて、記憶がよみがえる。
学会と揉めていた頃、ネットで資料を集めている最中に、事件をあざ笑う無差別ポップアップ広告に頻繁に邪魔され、悪態をつきながらウインドウを閉じていたことを思い出していた。
(あれはこの事件だったか……)
「話すと長くなるんですが……」
「到着まで4日ある。時間は問題ないさ。クルーザーから外に出ることはできないんだから。」
「そうですね。時間はたっぷりあります。それより、神谷さん、疲れてません?地球からの移動を含めるともう20時間くらい経ってますよね。」
セリカに指摘されるまで神谷はそのことを忘れていた。初めての宇宙、そしてオルディアのオフィスで聞いた話の興奮で、今まで眠気を感じていなかったのだ。
「ああ、大丈夫だ。まだ眠くない。」
小さく笑みを浮かべ、彼女は話し始めた。
「例の中華連邦が、軌道エレベーターで宇宙船の部品をブロックごとに運び、組み上げたんです。でも、進宙後まもなく行動不能になり、なんとかL1に漂着した──そんな事件です。」
クウロン号に向かう彼女の視線は憤りを帯びていた。
「だが、あれはどう見ても宇宙船には見えないぞ。」
「はい。その後、修理名目でパーツや建造物を付け加えていますが、3年経っても治らないのはおかしいです。1か月前より大きくなっているように見えますし、もはや建造物と言えます。」
神谷は眉をひそめる。
「だが、宇宙開発平和協定があるだろ?協定ではL1宙域にはトア以外の建設は禁止なはずだ。それにあの国も協定に参加している筈だろ?」
「そこがあの国のやり方なんです。」
セリカの声に怒りが滲む。
「あの国は、協定に参加して他国がL1宙域に建造物を作る事に反対しておきながら、自分たちは修理を建前に難破船を拠点化しているんです。神谷さんも日本人だから分かりますよね?尖閣領有権問題、習いませんでした?あれとやり方同じです。両国が自国領を主張する小島に、台風からの避難を理由に島に上陸。ひっそりと小さな小屋を建て、『遺憾だ』程度の反応しか示さない事に付けこみ、自国民保護を理由に物資搬入を続け、徐々に建物を大型化して遂には武装。問題が表面化した時には、『何年も前から建設されているのに、お前たちは何もしなかっただろう?ここは我々の領土だ』って開き直る……本当に頭にくる!」
セリカは、両国が自国領を主張する小島で起きた“既成事実化”の手法を説明する。その説明に神谷は、彼女の怒りの根の深さを感じた。
やがて、セリカはふっと気持ちを落ち着かせるように視線を窓の外に向ける。
窓の外へ視線を移す彼女につられ、神谷も凝った肩をほぐすように伸びをした。その時、セリカのレンズの内側に微細な光が走っている事に神谷は気づいた。
これまでのセリカの情報量と整理力に、神谷は秘かに感心していた。だが、それはウェアブル端末の力を借りていたからだと気づいたのだ。
「なるほど、そういうことか……」
その呟きを、セリカは《尖閣領有権問題》の説明に神谷が納得したと誤解する。セリカは得意げに控えめな胸を張ると、再び説明を続けていく。しかし神谷のまぶたは次第に重くなっていく。
「……という理由だと考えられます。……って、聞いてま……寝てるし。」
セリカはふくれっ面をしたが、すぐに表情を和らげた。彼が地球から来て20時間以上も眠っていない事を思い出したのだ。静かな寝息を立てる神谷を、セリカはそっと覗き込む。
「──学者にしては、ずいぶん整った顔だなぁ。」
彼女が今まで見てきた学者たちは、専門分野に注力するあまり、服装や身だしなみに無頓着な者が多かった。これから何日間の作業になるか見通しもつかないにかかわらず、神谷の荷物は小さなビジネス用バッグだけだ。恐らくその中身も調査に必要な物品ばかりだろう。生活備品でパンパンな彼女のスーツケースとは大違いだった。身だしなみも特に気になる点はない。
そんな神谷に小さな好感を覚えるのだった。
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