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星環の遺産  作者: クリスタルボウイ
火星航路編

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20/21

20.静かな予兆

土曜更新します。

「話の途中で失礼しました。先ほどの続きになりますが、予想通りIPSセンサーケーブルに細工がされていました。現在修復中です。予定通り修復が進めば、90分後にターンに入り目的地に航路変更を行います。ですが、IPSの補正に長時間かかる見込みでして……」


「到着予定時間はいつになります?」

 アレックスは話の先が気になり、船長の話に割り込む。


「はい、IPSが基準ポイントを認識しないと正確な計算はできませんが、おおよそ3日遅れになるかと。」


 船長は基準ポイント設定時間に元航路との距離差をざっくり加算して回答する。


「承知しました。火種は間違いなく我々です。この度は船長初めクルーの皆さん、そして他の乗客まで巻き添えにしてしまい、申し訳ありません。」


 その後アレックスは、船長と少々雑談をしてスタッフルームを後にした。戻る最中、今後のスケジュールについてPNより船内アナウンスが流れた。




「あ、どうでした?」


 先ほどの放送がそわそわした気持ちに拍車をかけたのだろう、待ちきれなかったという感じでアレックスに歩み寄るセリカ。


「まぁ、座れ、説明する。」


 そして、ビリーが行っただろうIPSの改ざんにより現在ポイントロストである事、その為インターステラーネットに接続できない事、しかし、IPS復旧の目途が立ち、フリップ&ターンがおおよそ90分遅れで行われること、そして、予定通りBZ-03最寄りのアステロイド中継ステーションに、多分3日遅れで着くだろう事をアレックスが丁寧に話す。


「ポイントロストなの? ……それって、大事件じゃない!」


 セリカが敏感に反応する。


「あぁ、そうだ。復旧方法の目途は立っているらしいが時間がかかるらしい。」


「まぁ、落ち着けよセリカ。迷子だっていうけど目途は立っているんだろ?」


 セリカは大きなため息を1つつくと、腰に手を当てると怒涛の如く話し始めた。


「神谷さん、分かってない! これだから地球人は! ポイントロストはただの迷子じゃないんです。宇宙では前後左右の他に上下の広がりもあるんです。そこを当てもなく移動するんですよ! しかもとんでもないスピードであっという間に何千キロも移動しているので、すぐに助けに来てもらえない。自力で何とかしなければならないんです!出来なかったら死んじゃうんですよ!」


「そうは言っても、目途は立っているんだし……」


「その結果がこれじゃないですか!」


 セリカは前髪を上げ紫色に変色し始めたおでこを見せた。緊急マニューバにより、タイミング悪く席を立っていたセリカは壁に叩きつけられたのだった。


「もう、ほんとイライラする。こんな危険な任務だったら断ってた!」


「べつに、俺が同行を頼んだわけじゃないしな。」


「はあぁ? 無重力の身のこなしも知らない学者の癖にエラソー」


「始めてなんだから仕方ないだろ! 誰でも初めはあるだろ!お前だってさ。」


「なによそれ! ホント頭にくる!」



 そんなやり取りをアレックスは溜まっている報告書を纏めながら黙って聞いていた。


 アレックスは元海兵隊員だ。中隊長を務めた事もある。時には10人を超えるメンバーで作戦行動をすることも珍しくなく、隊員同士馬の合わない奴は当然いる。そんな時、アレックスは事がエスカレートしすぎない限り放置していた。

 無関心ではない。難しい任務からくるプレッシャーでストレスを溜め過ぎないよう、隊員同士でストレスを適度に発散させるためだ。隊員も適度に行われるストレスマネジメント研修によって、武器を使わず素手と言葉で交わすもめ事に、上司が強く自制を促す事が無い事を学んでいる。


 習慣で、落ち着くまで静かに聞いているつもりだったが、二人の口喧嘩を見ていて、たまたま情報部のナタリアから届いた2人を案じるメッセージを思いだし考えを改めた。


(そうだな。2人はタフガイな軍人ではない。普通の学者より常識人だが、やはり理屈っぽい所があるし、方や感情で動く女性だ)


 セリカがイライラしているのは体を叩きつけられたせいもあるが、いつも使える『お助けエージェント』”ヘルピー”と会話できない事が大きい。感情の安全装置が外れたかのようだ。

 神谷も外部記憶にアクセスできない事から、脳内の情報だけではBZ-03の考察が進まず、必要なデータにいちいち手が届かないことに苛立っていた。


「おいおい二人とも、そのへんにしておけよ。セリカ!アイス買ってやる。2個まで食べて良いぞ!」

 以前、神谷に教えてもらった『女性は甘いものが好き』というアドバイスに沿った発言だったが……


「ふん! 2度も安い買収に引っかからないんだから!」


「別に、俺はいつも通りだけどな。」


「あ~ むかつく!なにそれ」


 セリカの怒りは更にヒートする。アレックスは精神的な仲介が苦手だった。2人のストレスが徐々に発散されつつある中、自らのストレスのはけ口を探すアレックス。お陰で報告書が進まない。






 そんな事から90分後、予定通りフリップ&ターンによる無重力時間が訪れる。


 そして、更に33時間程度経ち3人が無重力空間に慣れて来た頃、インターステラーネットの接続が復旧した。


「お!セリカ、インターステラーネットの接続、復旧したっぽいぞ!」


「え?ほんとに? ……てっ……えっ! いやぁぁぁぁぁ……」

 セリカが嬉しさの混じった悲鳴をあげる。未読メッセージが4桁に届こうとしていた。新記録だ。セリカのストレスが急速に解消に向かっていく。



 皆が未読メッセージや報告に追われていると、IPSの設定と目的地への航路変更が終了し、船内アナウンスにやや遅れ、重力が戻ってきた。


 そんな中、セリカが今度は驚きの声を上げる。


「なにこれ!ちょっとまずい事になってる!」


 そう言って、皆で共有できるようにタブレットにメッセージを移し表示した。


「なになに…… こんな発表されてるけど、セリカ、あんたの向かってるところ大丈夫なの?」


 神谷が抑揚のない声で読み上げる。どうやら同僚から安否を問うメッセージの様だ。

 そして、メッセージ内のリンクをクリックする。中華連邦による全世界に向けた声明文が表示された。


 それは、いかにオルディアグループが傍若無人な振る舞いで利権を不法拾得しているかを説明する細かい経緯が書かれており、今回下す決断は自分達に正義がある事を宣言する内容だった。もちろんでっち上げだ。だが、このような発表は、たとえ誤っていたとしても、誤りを訂正する報道の方がはるかに難しい。

 中華連邦はいまだにその手段に長けている。



 要約するとこうだ。



 ・宇宙開発が進む中、我々は常に外部の妨害を受けている。

 ・起動エレベータ事故も我々に責任がなく、ある組織による破壊工作の結果である。

 ・宇宙開発平和協定は我々の利権を妨害する規制で満ちている

 ・オルディウムが発見された小惑星は2000年には我々が発見済みだった。

 ・オルディアグループは我々の発見済みの小惑星でオルディウムを発見しその利権を独占している。

 ・彼らがBZ-03と呼ぶ小惑星も我々が最初に発見し、開発計画を立てていたが横取りしようとしている。

 ・速やかに小惑星を開け渡さない場合、実力行使も辞さない。




「私たちと完全な敵対路線じゃない?」


 神谷は黙って画面を見つめていたが、脳内では彼らの行動理念を探していた。


「2人とも、昨日の16:30頃、大事なメールが入ってるぞ!」


 アレックスは、自分を含む3人宛てのメッセージに気づき、二人に閲覧を促す。

2人は急いで履歴を探る。



『25/05/21 16:32 《BZ-03探索について》 ナタリア・ヴェレシチュク』



「これか!」


 神谷の方がわずかに早く見つけた。 


 ナタリアから届いたそのメッセージは、BZ-03探索延期と、火星軌道ステーションに行き先の変更を伝える内容だった。


「え、うそぉ……」

 セリカが思わず声を漏らす。安堵と残念さが入り混じる複雑な響きだ。


「多分、中華連邦の発表により、現時点での探索はリスクが高いと判断されたんだろうな」

 アレックスはメッセージをスクロールしながら、冷静に分析する。


「行き先は火星軌道ステーション……そして待機か……」

 神谷は、メッセージを読み進める気力が途切れ、タブレットを静かに閉じると椅子にもたれた。胸の奥に、じわじわと疑念が広がる。

(この火星行は、中華連邦の思惑通りだったりするのだろうか。アレックスが言うように、連中の目的が『俺』だとしたら……オルディアは俺を囮に敵を炙り出そうとしているのか?)



「長めの休暇になりそうだな」

 アレックスは慰めのつもりで軽口を叩いたが、胸の奥では、かつて戦場で覚えたあの嫌な予感が目を覚まし始めていた。

(と言っても、ステーション内は今より警戒が必要だ。連中との接触も増えるだろう……俺一人で神谷を守りきれるか)


「探索中止か……」

 セリカは呟くとメール整理に取り掛かろうとタブレットに目を落とす。しかし目は文字をたどるだけで、全く頭に入ってこなかった。

(もう案内役の仕事じゃない。降りた方が良いのかな……)




 それぞれ思いに耽る中、フロンティアスピリッツ号はゆっくりと、静かに、航路を火星に変えていく。

 船内には、安堵に似た空気が広がっていた。


 そして、この船の誰もが、一旦の解決を見たと考えていた。


 ――ただ一つの問題を、除いて。


次回、1章最終回。

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