21.動き始める計画
時は、中華連邦が声明を発表した直後までさかのぼる。
フロンティアスピリッツ号がIPSの再設定に追われている頃だ。
2158年05月21日
14:00
ナタリアは、月面都市「ルナ・アーク」にある、スペース・インシュアランス・オルディアのオフィスで、メールの受信履歴を繰りながら、フロンティアスピリッツ号に何か問題が起きていると感じていた。それは、保安部のアレックスから定期連絡が届いていない……理由はそれだけで十分だった。
当たり障りない内容のメールをアレックス宛に送ったあと、メーラーのHELPから、管理AIを呼び出し配信状況を調べさせる。
メールはサーバー内でリトライを繰り返していた。
(インターステラネットにフロンティアスピリッツ号がアクセスできていないと言う事?)
想像の裏を取るため、AIに問いかける。
《航行中のフロンティアスピリッツ号に搭乗している友人にメールが届かない場合の理由は?》
AIは軽い障害から順に回答を返す。
《アカウント存在なし、受信相手がオフラインまたは無反応設定、送信者端末故障、……センターダウン、インターステラーネット接続ポイントの広範囲トラブル、受信側のポイントロスト》
最新バージョンであれば、指示を与えずとも現状を考慮した回答を返すはずだ。
(いった何世代前のGPTを使っているのよ……)
そう思いながら追加質問を投げる。
《現在の考えられる状況から障害の選別を》
検索中を示す電球アイコンがグラデーションを描いて少しずつ明るくなる……
《受信相手がオフラインまたは無反応設定、受信側通信設備障害、受信側がポイントロスト》
管理AIの回答に胸がざわつく。
(オフラインまたは無反応設定なんてありえない。可能性があるとしたら通信設備障害。受信側がポイントロスト?そんな筈が……でも、出港前にあった小競り合いが気になる……)
(とにかく、報告した方が良いわね……)
暫く思考を巡らせたナタリアは、上司に事実のみを簡潔に送信する。
《フロンティアスピリッツ号の保安部ファーマンから定期連絡がありません》
すぐに反応が返ってきた。
《!》
《?》
何に影響されたか知らないが、ナタリアは、上司のこの気取った記号だけのメッセージが、中二病臭くて嫌いだ。意味は簡潔に伝わるし便利だと思っていたが。
回答の為、憶測を巡らせていると社内がざわつき始めた事に気付く。
(電話の着信が増えてる……、声も驚きと不安のアクセントを感じる……)
ナタリアは自分のブースから身を乗り出し周囲を伺う。数日前、上司のエグゼクティブ・オフィスから少し離れた場所に、ブース席を用意された。なぜ近くではないのか?それは、秘密会議に出席の際、同時に席を外しても関係を悟られないための配慮だ。
同じ様に周りを気にしている同僚と目が合った。彼女は身振りで伝えてくる。
(ネット? 声明発表?)
席につきインターステラネットに接続して”TodayNews”を開く。トップニュースは中華連邦の声明文だった。公表直後の為、まだ考察が行われておらずどの記事もほぼ同じだ。
(もし、これが関係しているとしたら、フロンティアスピリッツ号はポイントロストの可能性がある……アレックス達、大丈夫かしら)
その時、左手のウェアブル端末にダイレクトメッセージが届いた。
《P0》
pressing――秘密会議招集を知らせるメッセージだ。
頭だけブースから出し、上司のエグゼクティブ・オフィスに目をやる。ガラス張りのオフィスの中で上司が同じメッセージを確認している事が見えた。そして、部屋の外にいる秘書に話しかけている。きっと席を外す理由を告げているのだろう。ちらりとこちらを一瞥し、エレベーターフロアに向かっていく。
周囲は混乱しておりこちらに気を配う者はいない。ナタリアもそっとブースを出て後を追った。
上司と共にエレペーターに乗り込む。
「だいぶ、盛り上がっていたね」
(相変わらずの皮肉ね。”盛り上がっている"なんて……)
心で小さくため息をつくと……
「ええ……。 報告があります。フロンティアスピリッツ号がポイントロストかもしれません」
「ふむ……無関係ではないだろう。彼らは無事だと思うかね?」
ニヒルな笑みを一瞬で消すと、ナタリアを試すように問いかけてくる。
「……おそらく。正航海主任が無事発見されたことから、殺害や破壊が目的と思えません」
「ふっ……私も同感だよ。まあ、ほかにも理由はあるけどね。探索は一旦延期の方向で考えよう。ただ、アステロイド中継ステーションはBZ-03に近すぎる。テラノバと火星方向で交渉してくれ」
含みを持たせ短く笑うと、ナタリアの意見に反論はせず、しかし、同意もしない。そして、ざっくりと方針を決めた。BZ-03探査中止。火星軌道ステーションで待機。
例の部屋に入り、会議システムを起動する。参加者たちは全員が揃う前から既にぐちり始めていた。準備できた者から順に影のような姿が浮かび上がる。日時を指定した会議でない場合はいつもこうだ。
上司はいつものように、顔の前で手を組んで座る。
「BZ-03の件だ。テラノバの保険はわが社が一括で引き受けている。あの発表で今後の不安が寄せられているよ。もちろん手を引くつもりはない」
「対応策に心当たりは?」
「連邦へのオルディウムを出荷停止するか?」
「それをやったら彼らと同じだ。各国の理解は得られるだろうがね」
「そうすると、中華連邦の民間企業の保険を打ち切れないな」
「ああ。審査を通った健全な企業だ。上からの圧力で不正行為をしない限りはね」
「では、打てる手は……」
「L1宙域の封鎖か?」
「軌道エレベーター宙域もだ」
「それと、Inviolable Space」
「インターステラネットの封鎖は……やりすぎか」
「ああ、他国への影響が大きすぎる」
「月面裏側への対応は?」
参加者は、口々に不安と疑問を口にし、やがて出尽くしたのか、短い静寂が訪れた。
「……よろしいかね? 私に策がある。」
静寂を破りA.A――東条将司が口を開いた。
そして語られたその内容に、ナタリアは息をのむ。
それは、世界の理を根本から壊しかねない策だった。
「……見事だ。完璧だよ、A.A」
A.Tが興奮を抑えきれず立ち上がる気配が伝わる。
「全くだ。ただし――成功すれば、だがな」
W.Dは賛同しつつも、悔しさを滲ませて言う。
「おいおい、君も拍手していただろう?」
「認めるさ。これ以上ない策だ。ただ……パワーバランスが崩れすぎるのが気になる」
「だが、この策が決まれば――あの方に『支配者』の称号を贈れる」
「その称号は悪の雰囲気がある。あの方は喜ばない」
会議が終わり落ちていた照明がゆっくりと戻る。参加者は皆、東条の策に歓喜し、満足げにログアウトしていった。ナタリアにとっては、いつもながら精神的に消耗する時間だった。
なぜその判断なのか?
話を聞きながら背景の状況を考えつつ仮説を立て、異なる解が出ようものなら、軌道修正しながら進行していく話について行かねばならない。それはとても疲れる作業だった。
(彼らと同じ思想に近づいたら、少しは楽になるのだろうか?)
ナタリアは後ろに組んでいた手を解き、東条に気づかれない様肩の力を抜いた。
「ところで……君も気づいたようだね」
上司――東条は、手を解くと背もたれに背を預けやや後ろに立つナタリアを横目で見ながらつぶやいた。『支配者』発言のK.Kの事だ。以前の会議でK.Kは『あの方』の名前を出し、参加者の不満を買った。
イニシャルは世襲制であり、見た目も黒い影で判別できないが、K.Kには以前と明らかに違う点があった。声は合成ボイスに変わり、言葉にはこれまでなかった特徴的なアクセントが付いていたのだ。
その際、声を良く聞き取ろうと軽く顔を傾けたナタリアのアクションに東条は気付いたようだ。
『読みが当たった』と言わんばかりに頬を緩める。
「連中は、最近どうにも増長している。まあ、強硬策をとる事情も分からなくはないがね。
とはいえ、国際社会の『批判の受け皿』としての立場は維持してもらいたい。北東の大国が瓦解し、半島を取り込んだ今ならなおさらだ。」
連中……それは会議参加者のことではなく、中華連邦を指しているとナタリアはすぐに理解した。だが同時に、もっと厄介なことにも気づく。
東条の『スイッチ』が入った。
前回の会議後、K.Kについての考察を東条が語った時もそうだった。あの後東条はトア建設当時の世界情勢を延々と語り続け、ナタリアは長時間解放されなかった。最初は、特別メンバーに抜擢した自分への指導だと思い、真剣に耳を傾けていた。
だが途中で気づいた。
東条の話は理論的ではあるが、どこか『結果を元に自分に都合のいい理論を組み立てている』そう感じた。それ以来、ナタリアは東条がこの状態に入る瞬間を、密かに『スイッチ』と呼んでいる。そして、そのモードは全く関係ない例え話から始まる。
「少し具体的な話をしようか。たとえば金の採掘だ。多くの国が国家戦略資源として管理、採掘している。理由の一つは、貴重な資源を握っていれば貿易交渉で優位に立てること。もう一つは、好き勝手に掘らせれば環境汚染が洒落にならない規模になるからだ。違法採掘が問題になっているのは知っているだろう? 今では、地表近くで簡単に採れる金なんて、もうほとんど残っていないと言われている。電子機器を作る以上、金はどうしても必要だ。だから各社は血眼になって争奪戦をしている。」
(ほらほら、はじまった)
ナタリアは失笑をこらえる。ただ、東条の理論はとても理に適っている。自分の考えを持ち続けたうえで聞く分には、聞いていてとても面白い。
「もちろん、どの国も『違法採掘品は買わない』と建前では言っている。ただ、インゴットにされてしまえば出所の判別なんてほぼ不可能だ。購入前に『違法ではない』という書類を確認して終わりさ。
本気で出所まで追跡したうえで購入していたら、違法採掘なんて商売にならない。だからこそ、いまだに続いているわけだよ。」
「話をレアメタルにしよう。金と違って、これは採れる場所がほとんど決まっている。他の先進国でまともに採掘できる国なんて、数えるほどしかない。
各国が自国のレアメタルを本格的に掘ろうとしないのは、単純に『割に合わない』からだ。
採掘そのものより、精製のコストと副産物の処理が桁違いに難しい。土壌汚染でも起きれば、国民の反発で身動きが取れなくなる。環境破壊への不満を、国家の力で押しつぶすわけにはいかないからね。」
(そう。特に放射性廃棄物が厄介。この事を考えると彼らはどう処理しているのか……というかきっと無処理で野積みだと思うけど。だから先進国は採掘をしたがらない)
「そして、彼らの国では産業収益が優先されやすい。採掘基準も他国より緩いから、結果として低コストで大量に供給できる。
だから結局、どの国も自前で面倒な精製をやりたがらず、彼らから買う。
そうなると、多少の『わがまま』くらいは黙認する。供給を止められたくないからね」
(不思議なのは、採掘現場近くの住人は、自分たちの生活に及ぶ危険性を仕方がないものと考えているのかしら?彼らが行っている政府への抗議活動をと比較すると、あまりにも反発がないのはなぜだろう。住人を退去させている?或いは事実を認識する知識がないのか、与えられていないのか……)
「面白いのはね、各国は『環境破壊だ』と声高に非難しながら、結局はその安価なレアメタルに依存していることだ。
したたかな彼らは、自分たちへの依存度を高めるように供給量と価格を調整している。いざとなれば、供給制限を『切り札』にできる。
本来なら、もっと値を吊り上げることができるはずだ。『レア』だからね。でも、他国が価格競争に乗り出すほどの価格には、あえてしない。圧倒的に安くても十分利益が出るし、独占の維持に十分だからさ」
東条は足を組み何かを思い出すようにややうつむくと、手を組んで話を続ける。
「今の地球の状況を見れば分かるだろう。地球上ではレアアースの入手を彼らに依存せざるを得ない現実を、半ば諦めて受け入れてきた。だが、新たなフロンティアである宇宙でまで同じ轍を踏みたくはない。そこで『宇宙開発平和協定』に『地球資源は地球で、宇宙資源は宇宙で使う』という原則を盛り込み、彼らの利権を地球のみに縛りつけようとしたわけだ。」
「もちろん、彼らは最初から協定に参加する気なんてない。好き放題に宇宙開発を進めるつもりで、軌道エレベーター建設を急いでいたが、あの建設事故で計画が大幅に遅れると分かった途端、態度を変えた。
『自分たちの知らぬ間に有利な条文を作られては困る』とね。
牽制のために協定へ参加した――表向きは平和のため、実際は監視のためさ」
東条は、足を組み替え話を続ける。
「軌道エレベーターの建設事故は、まあ……実に『いいタイミング』だったよ。
あの事故で彼らの建設スケジュールは大幅に遅れ、財政も圧迫、事故現場の原状回復を求める声まで高まった。状況は知っているだろう?
もし国内での事故なら、多少は隠しようもあったろう。だが、あそこは彼らの目指す貿易構想参加の見返りに、利用権を受け取っただけの他国領だ。
世界中が注目している中で、雑な対応なんてできるわけがない。努めて平静を装うスポークスマンの顔を思い出すとね。今でも笑いがこみあげて来るよ。」
そう言うと、さも可笑しそうにくくっと笑う。
(……確かに。あの時は『右へ倣え』で、世界中が一斉に抗議したっけ。
彼らも、抗議への報復に経済制裁や供給停止なんてしたら自分たちが持たない。
だから『反省しています』のポーズで、沈静化を狙った……そういうことね)
「その反発の結果が、クウロン号の件にせよ、月裏側の無許可開発にせよ、Inviolable Spaceの不穏な動きにせよ……全部つながっているわけだ。彼らは全く諦めていないんだよ。」
(つまり、宇宙でも鉱物資源での覇権を狙っていて、Inviolable Spaceでの動きは、秘かに資源開発を進めているとみるべきか)
「事故の原因として有力視されている説はいくつかある。ある国が情報保全法を強化したせいで技術情報の流通が滞ったとか、建設速度を優先して現地の事情を無視した結果反発を招いたとか、破壊工作があったという噂もある……誰がやったんだろうね。」
そう言って上司は思わせ振りにくくっと笑った。そして、椅子に座っているのもつかれたのか、表情を読まれたくなかったのか、立ち上がると風景が写し込まれているスクリーンウインドウに向き直り、手を後ろに組むとナタリアを背にして続けた。
「今回の声明も、いずれ出てくるだろうと踏んでいたよ。気持ちは分かるが、彼らのやり口――クウロン号の件にせよ、協定の抜け道を突く行動にせよ、目立たないところで動く癖にせよ――何一つ変わっていない。
だからこそ、国際社会は『彼らに正義がある』なんて考えない。そういう役回りを自分たちで選んできたんだ。……まあ、そのおかげで、我々が付け込む余地も生まれるし行動も読みやすい……彼らのプライドには、実に感謝したいところだね」
「インターステラーネットが広がる中で、彼らの情報統制もそろそろ限界だろう。
国外と取引のある有識者たちは、もうとっくに危機感を覚えているはずだ。
体制そのものがどうなるかは分からないが、内部の歪みがどこかで噴き出すのは避けられない。
……だからこそ、朴君にはもう少し頑張ってもらわないとね」
そう言ってナタリアを伺うように振り返る。
背後のスクリーンの光が逆光となり、東条の輪郭だけが浮かび上がる。
その顔は闇に塗りつぶされ、表情の有無は読み取れない。
(朴? もしかして朴統民のことかしら?)
ナタリアは思わず声を漏らしそうになり、咄嗟に息を呑んで押しとどめた。
東条の顔には、こちらの反応を探るような、どこか含みのある笑みがかすかに浮かんでいる。ここは動じないふりを貫くべきだと判断し、ナタリアは表情を固め、小さく相槌を打った。
ナタリアの目論見通り、東条は満足げに鼻を鳴らし、何も言わずに会議室を去っていった。
静まり返った室内で、ナタリアは東条の椅子にそっと腰を下ろす。張り詰めていた神経が一気に緩み、この場で考えを整える必要を痛感していた。
(タイミング良く起こった軌道エレベーター崩落事故……。
まさか、あれが秘密会議の結果だというの? この声明発表も、われわれが誘導した――ということになる。
でも、彼らは会議の前に愚痴をこぼしていた。あれが予想外だとしたら……いや、イニシャルは世襲制だから前任者たちが目論んだと言う事になる。でも、こんな重大なことを、引き継いでいないなんて――あり得る?)
これから何が起きるのかを、彼女は知ってしまった。
もう、引き返すことはできない。
(……戻らないと)
声明発表のその後も、追わなければならない。
受け入れがたい思いを吐き出すように、ナタリアは大きく息を吐いた。
だが、胸に抱えた思いは少しも薄れず、彼女の足を鈍らせる。
(いつまでもこうしているわけにはいかない――まずはフロンティアスピリッツ号を探さないと)
ナタリアは胸に抱えた思いを押し込めるように椅子から立ち上がる。
椅子を整えると、扉へ向かって歩き出し、最後に部屋を振り返った。
そして明かりを落とすと、静かに部屋を出た。
1章 火星航路編 終了です。
2話に分けたい長さでしたが、切りにくくて。前話のあとがきで最終回って書いちゃったのもあり・・・
ありがとうございました。
2章の準備中です。校正に満足したら公開します。




