19.36時間
「さて、どうやって確認しますか……」
操舵室の会話に参加していた機関士の滝川龍一郎は、カーゴルームへ向かう和田の背中を追いながら、自分の考えた手順が最適だと思いつつも、まだ把握しきれていない部分があると感じていた。
頼りないと思われまいと、声色をわずかに整え、独り言めいた問いを口にした。
和田は、肩越しに答える。
「信号が届いているとこがポイントだ。故障ならセンサー交換なんだが。」
そして、大きくため息をつくと滝川の方に向き直る。
「さっき話したように、経路のどこかに余計なデバイスが挟まれているとみている。この船の設計を知らない素人が細工するとしたらやり易いのは……」
「5Fのカーゴ連絡通路からカーゴルームの端までか……」
和田は短くうなづいた。
「うん、そうだ。サービスホールを開けてチェックだ。」
「はあ~……やっぱりそれしかないですよねー」
ため息をつきつつも滝川はホッとした。
「見当たらなかった場合、端末に繋いで信号内容確認になるが……龍一郎、お前が仕切ってみろ」
機関長の和田は、フロンティアスピリッツ号建造にも携わった初期クルーの一人だ。滝川が知る限り、誰よりもこの船を熟知している男だ。年齢は五十代半ば。大柄な体躯をパツパツの作業服に包み、大きめのゴーグル型ウェアブル端末で視力矯正をしている。陰で『ドワーフ』と呼ばれているのを滝川も知っていた。
(あの体でサービスホール内での作業はキビしいよなぁー)
滝川は、思わず失笑しそうになった。
滝川は建造にかかわっていないが、同じく初期クルーの一人だ。最近作業を自分に振る事が多くなったと感じており、昇格試験的な意味合いを感じていた。
フロンティアスピリッツ号の機関士は日系人が多く、機関士同士の会話は日本語が使われる。『テラノバ・インターナショナルパワーズ』と言う社名から外資系と誤解し、英語が不自由な日本人が敬遠しがちだ。ウェアブル端末によるリアルタイム翻訳が普及した今でも、日本語特有の文法のせいでシームレスな会話は少々難しい。同一言語で会話できるメンバーを同一部署に集めるのは、自然な事かもしれない。
装備を整えながら滝川は考える。
(自分が設計者なら、3つのセンサーケーブルは共同抗を使って操舵室に通す……可能性が高いのはカーゴルームの操舵室寄りか……)
部下に指示し、滝川は船首寄りからチェックを開始する。ほどなく、ロックが壊されたサービスホールを発見した。
トラップを警戒して慎重に扉を開ける。そして接続部の状態を目にすると、思わず奥歯をかみしめた。
「くそっ! あの野郎やりやがった!」
滝川は、舌打ちと共に悪態をついた。
3本のケーブルはHUBにより1本のケーブルに集合され操舵室に向かっている。問題のデバイスは、既存のHUBに重ねる様に取り付けられ、操舵室向けのケーブルが刺し直されているのだが、最悪なのは、各センサーから来ている3本のケーブルが、端子の根元から切断され、10cmほどの長さで細切れにされていた。直すには、代わりのケーブルを継ぎ足すしかない。
滝川は、苦虫をかみつぶすように奥歯をかみしめ、機関長に連絡を入れる。
「機関長、今発見しました。予想通り追加デバイスがつけられています。ただ……スターセンサーからのケーブルが細切れにされていて、単純な差し替えでは済みません。3本ともケーブルの延長工作が必要です」
「なんだと! やってくれるな……。準備も含めて今から90分で行けるな! 船長には俺から説明しておくから始めてくれ」
「……ああ。……そうか。わかった、よろしく頼む、操舵室のメンバーには私から説明しておく。」
アレックスに事情を説明中だったフィリップ船長は、和田からの連絡にそう答えると、アレックスに席を外す旨断りを入れるとスタッフルームを後にし、操舵室に向かった。
「副長」
船首のスターセンサー確認を終え、ワイアット航海主任と言葉を交わしていた副長は、近づいてくる船長に呼ばれ振り返った。
「機関長の予想通りこちらには改ざんの形跡はありません。そちらは如何でしたか?」
アレックスへの説明に向かったばかりだと知っていた副長は、戻りの早さに疑問を感じ尋ねた。
「いや、まだ途中だ。今、機関長から報告が上がってきてな。センサーケーブルがズタズタらしく、復旧作業に90分かかるらしい。その後、IPSの補正が必要になるが……どの位かかる?」
「えぇと……」
隣で経緯を聞いていたワイアット航海主任は、自席に戻ると星間図を確認する。船首センサーは改竄値を取り除けば適正値に戻るが、単独では同期できない。後方3基のセンサー値は12時間前から狂わされているので、4基とも再構成が必要だった。
「まず、補正基準ポイントを探す必要があります。現在当船はアステロイドベルト中継ステーションに向かっていますが、基準ポイントは逆の方向です。」
「つまり、ターンが必要になりますが、その方角は今までの航路を参考に想定するしかありません」
「そこは、フレディーに協力してもらうとして……センサーの視認範囲は非常に狭く、ほぼピンポイントに基準ポイントを捉えないと再設定ができません」
「細かい説明はいい。ざっくりでもいいから、想定時間は?」
「正直回答が難しいのですが……」
ワイアットは、腕を組みしばし考えこむ。
「全て上手く行ったとしてターンと補正に2時間。プラス、基準ポイントの捜索にかかる時間。 と言ったところです」
「いや、大雑把でいいんだ。トータル時間を教えてくれ」
「ですが、安易に短い時間を答えて期待を持たせても……」
ワイアットが食い下がる中、もう一人、ケリー航海主任が口をはさんだ。
「申し訳ありません船長、24時間ください。24時間あればなんとかなるよな?」
ケリーに妥協点を確認され、ワイアットは不満そうな顔をして答える。
「いえ、36時間見て頂ければ十分かと」
「初めからそう言ってくれ、回答より遅れると頭にくるが、長めに回答して短縮されれば感謝される。人とはそう言うものだ。」
「はい。申し訳ありません。今後考慮します。」
「36時間か……センサー補正時間まで計算しての工作だったのでしょうか?」
顎に手を当て呟いた副長だったが、後半の疑問を船長に投げかける。
「そうだとしたら、偽ビリーは凄腕だな。……フレディー、保存した星間マップを表示。36時間後のポイントにCを設定してくれ。」
<<プピ>>
了解の電子音とともに、即座に星間マップが表示され、想定航路上にCがポイントされる。
「われわれは、最悪48時間誤った航路を進むことになるのか……では、今後の方針を伝える。本船はこのまま航行、90分後にターンしてIPSの補正を開始。その後目的地に軌道修正、無重力時間は最長36時間になる。その後予定していたアステロイド中継ステーションに向けて減速航行を行う事とする。 今いないクルーにも共有してくれ」
皆が準備を進める中、ワイアットは、星間マップに重ねた航路が木星宙域に向かっている事に気付いた。
そこは、誤って木星重力圏に捕まったら、現在のテクノロジーでは脱出が難しいとされる危険宙域。通称 Inviolable Space――不可侵宙域と呼ばれ、近年は中華連邦の出没が頻繁に確認されている宙域だった。
(改ざんされた航路のままだったら、小惑星群に突っ込んでいた。緊急回避行動もしている。拿捕が目的ならこの航路指定はありえない。やはり破壊が目的……)
その時、機関長の和田が航海室に入ってきた。
「いま、ケーブル接続中だ。こいつが挟まれていたデバイスだ。航路補正の参考になるかと持って来たんだが……」
「おお、機関長ありがたい。どうやって使うんです?」
機関長は『おい』と言って連れて来た機関部員に説明を代わる。
「この”OUT”にケーブルを繋げます。分解したところ内部に設定スイッチや記憶素子はありませんでした。恐らく内部の揮発性メモリーに外部端末を使用して書き込むのだろうと……電源も非接触供給タイプです」
「なに! と、言う事は電源が切れた今となっては設定値が……」
和田のにらみつけるような視線に、事の重大さに気付いた機関部員は消え入りそうな声で答えた
「はぁ……お察しの通りです……いや、だって『ほらっ』て渡された時には電源切れてて……」
和田は、額に手を当て、大袈裟にため息をついた。
そのやり取りを見ていた副長が、何かに気付いて船長に話かける。
「船長、もしかして設定に使った外部端末って……」
「偽ビリーの時計型ウェアブル端末か!」
二人は目を見開き、顔を見合わせた。端末は壊れている。すぐに直せるものではない。偽ビリーの用意周到さに、言葉を失った。
もはやデバイスは、完全な『ゴミ』であることが判明した瞬間だった。
ちなみに、仕掛けられていたデバイスは機関部員が『お宝』として持ち帰った。
20話は、土曜日 更新します
現在2章を準備中です。
アクション風に考えていたのですが、ミステリー色が強くなってます。




