18.偽りのセンサー値
「以降の指示は私が引き受ける。航海主任!船首前方に電磁シ―ルド出力最大!Space Debris Scan System(SDSS)の障害警報に注意せよ!」
船長が声を上げ、全担当が対応を進める。その時、航海主任が焦りを帯びた声を上げた。
「SDSSに反応あり!航路前方に小惑星群、船基準、上下約1Kmの範囲に分布、接触まで約400秒!」
「ちっ、進路変更、船基準、右5度」
船長は短く舌打ちすると、総舵手に進路変更を指示する。体が左に振られる感触が、船が右に進路を変えている事を実感させる。しかし、続けて航海主任が絶望の叫びを上げた。
「航路正面にデブリ反応!!余裕ありません!!」
「なっ——」
正面モニターが警告色に染まり、赤枠処理された小天体が、一気に画面いっぱいに膨れ上がる。
「緊急回避! 船基準、回避迄UP最大!! 対ショック態勢!!」
船長の合図で、総舵手が弾かれたように舵を引く。
瞬間、強烈なGが全身を押し潰し、船体が悲鳴を上げる。
デブリが電磁バリヤを突き抜け、迸ったプラズマスパークが操舵室を青緑の閃光で染める。
続けざまに、小惑星に反射したオルディウム反応炉の振動が船体を震わせ、衝撃は刹那のうちに駆け抜けた。
間一髪だ。
皆、全身に込めていた緊張と力を一気に解き放ち、脱力した。
この中で唯一操舵室に席を持たず、船長の後ろに控えていたチーフPNは、急激な重力変化で壁に叩きつけられ、恐怖で顔が真っ青だ。口を押さえ、えづきを、使命感で必死に抑えている。
「皆、済まない。私の進路変更ミスだ。チーフ無事か? すまんが、客室の確認を頼む!」
運が悪かったと言える。
小惑星群が進路上の上下方向に分布しているのであれば、航路を大きく逸らさず回避するには、船基準、左右どちらかへの回避となる。船舶が海で鉢合わせた場合、互いに右によける国際ルールがある。Interplanetary Positioning System(IPS)が正常でインターステラーネットに接続できていれば、安全な航路選択と、周辺の船舶の動向が確認できるので、旧来のルールを持ち出すこともない。船長の回避策はマニュアルに沿ったものだったのだ。
指示を受けたチーフPNはウェアブル端末で部下に指示を出す。胸に手を当て、早鐘のような呼吸を無理やり抑え、部下に指示を与えている。暫くして、チーフの部下によるものだろう。船内に緊急マニューバを詫びる放送が流れた。
そして400秒後、左舷モニターに高速通過していく小惑星群が映った。
「引き続きSDSSの反応に注意! 今の小惑星群は?」
船長は航海主任に問いかける。航海主任の見るモニターには、小惑星や擦れ違う船などを識別する機能がある。小惑星の分布状況から既知の小惑星群とマッチングできれば、おおよその現在地が特定できるとの閃きからだ。
「未知の小惑星群と判定されています……」
意図に気付いた航海主任が特定できなかった残念そうな回答を返す。が、副長が補足する。
「予定航路付近で思い当たる小惑星群というと……ハーモレックス小惑星群でしょうか?すると、船の進路は予定より火星寄りに航行していそうですね」
ハーモレックス小惑星群――正式にはハーモレックスファミリーと呼ばれる小惑星族は、かつてアステロイドベルトを突き抜けた彗星が残した破片が集まって形成されたものだと言われている。
「まずいな……航海主任、フレディーの事後報告モードを”OFF"に変更!今の小惑星群をログから削除だ」
航海主任に記録の削除を指示する。フロンティアスピリッツ号は、幸いオフライン状態だ。即座に記録が伝播する事はない。今のままでは当初の航路上に未知の小惑星群が発生した事になってしまう。
フロンティアスピリッツ号には未発見天体を報告する機能が搭載されている。人類が宇宙に進出して半世紀。まだまだ未調査エリアが多い宙域を航行する船には、未発見天体を自動報告する機能が搭載されており、その情報はデータベース化され、安全航路の算出に使用される。情報は宇宙開発平和協定加盟国に対し共有され、誤った情報提供には重い罰則が科される場合がある。
「我々をあの小惑星群にぶつけるつもりだったのでしょうか?」
副長がやや左後ろに座る船長を振り返る。 声が耳に入った航海主任の顔がゆがむ。
「……あいつが?」
特定の名前を避けていたが、声が耳に入った誰もの脳裏に偽ビリーが思い浮かんだ。
船長は、その呟きに反応せず、軽く喉を整える様に咳をすると、よく通る声で船内管理AIのF.R.E.D.I.(Facility Regulation & Environmental Dynamics Intelligence)に指示する。
「フレディー、星間図を投影しろ。」
<<プピ>>
フレディーが音声指示認識合図と、指示に答える事を、電子音で返す。
フロンティアスピリッツ号の船内コントロールAIのフレディーが前面に設置されている大型モニターに星間図を投影する。つづけて船長がフレディーに指示する。
「トアからアステロイドベルト中継ステーション迄の航路を追加、現在のスピードで12h前のポイントをAとして設定」
<<プピ>>
「ハーモレックス小惑星群を追加、ポイントBに設定、ポイントAとBを直線で結べ。」
<<プピ>>
「3分前の本船位置から船基準+5度の航路を表示しろ」
<<プブー>>
《現環境では特定できません、把握している情報から予想ポイントを表示します》
星間図が目まぐるしく上下左右に回転し、やがて安定した。
「大分逸れていますね」
「うむ……フレディー、現航路で予想される障害物は?」
<<プピ>>
《フリップ&ターンを予定時間に実施、予想航路が正しい前提です。59時間16分後にインターステラーネット接続ポイント、識別番号B12-N31に158kmまで最接近します》
「フレディー、この情報を保存だ」
<<プピ>>
「当面の問題は避けられたな。予想航路が正しければだが。 チーフPNは空いている席に。情報を整理する! 航海主任は引き続きSDSSの反応に注意せよ!」
「……以上の状況から、本船が予定航路にないのは確実です。」
副長は総舵手に背を向け、皆の方を向いて説明した。ポイントロスト時の情報に、フレディーが表示した星間図の情報を加味したものだ。
「問題発生は12時間前と言う点か……航海主任、IPSの状態は?」
船長は副長席の前、打ち合わせの為シートを中央に向けた航海主任2人に問いかける。
「はい、今、IPSを確認しました。正常に機能していますが、問題は正しく計算されているかと言う事ですよね……」
ケリー・クラブマン航海主任はアイコンタクトし、ワイアット・アーサー航海主任と報告を代わる。システムの設計部分に関しては、ワイアットの方が得意なのだ。
「……IPSは4基のスターセンサー値から位置を計算しています。現在4基とも正常稼働していますが、12時間ほどまえ船首センサーにデータ不正警告が出ています。この警告は故障ではなく、取り付け向きに問題が出た場合によく起こります。特に船首スターセンサーはデブリとの接触頻度が高く、その後、他3基のセンサー値により船首センサー値に補正が入り、現在4基とも正常です」
「やはり12時間前か……」
船長はその頃の記憶をたどる……
「ビリーの事件は今からおおよそ24時間前ですしね……」
副長も顎に手を当て思案顔だ。あのトラブルからIPSデータ不正警告発生まで12時間の開きがある。
「なぁ、これなんかおかしくないか?」
IPSについて説明を行ったワイアットが、隣席のケリーに疑問を投げかける。彼らは、この船に3人いた正規航海主任だ。……現在2人になってしまったが。
「どうした?異常が見つかったか?」
航海主任同士の呟きが耳に入った船長が問う。
「はい……スターセンサーから届く観測値を12時間前から現在まで、データを横並びにして気付いたのですが、船首データは小数点以下がランダム値であるのに対し、両舷と船尾のデータが揃い過ぎている気がします。3基のセンサーは12時間以上前は船首と同じく小数点以下がランダム値なのです」
「それは確かにおかしいな。スターセンサーの設置はものすごく気を遣うんだ。最終的にボルトの締め具合でどうしても角度誤差が出る。2つならまれに一致する事もあるが、3つとも一致は考えられないな。」
『この件に俺の出る幕はない!』……と言う態度を取っていた機関長がこの発言に敏感に反応する。
機関長の和田は、フロンティアスピリッツ号建造にも携わった初期クルーの一人だ。誰よりもこの船を熟知している。
「足元のコンソール扉を開けて、IPSへのスターセンサー差し込み端子を確認してみろ。そこを細工するのが一番簡単だが……」
航海主任2人はロックを外すとすかさず扉を開け、副長、そして機関士の2人が後ろから覗き込む。特に問題は無い。
「まあ、そうだろうな。ここは皆の目がある。気付かれずに扉を開けて細工するのは無理だろう。」
と機関長。『早く言え』と言う気にもなるが、話を最後まで聞かずに航海主任が開けてしまったのだ。
「三か所が同値と言うと、ケーブルが合流するポイントからIPS迄のどこかに変換デバイスが追加されているか、結線されているかだが……光ケーブルの融着は融着デバイスがあっても素人には難しい。多分変換デバイスだろう。確認は我々に任せてもらおう」
そう言って部下と共に操舵室の扉に向かう。
「そうだ、船首のスターセンサーは操舵室の真上だ。ケーブルは左舷のコネクションボックスにあるから確認しといてくれ。可能性はほぼないがな」
「うむ。副長、ワイアットと一緒に頼む。では、ターンを予定通り行うかは機関長の報告があるまでぎりぎり待ち、判断することとする。主推進の再点火は、スターセンサーの校正が完了するまで保留だ。機関士達はスターセンサー経路の異常個所の特定をすすめてくれ。ケリーは、SDSSの監視に集中、通信手はセンターからのコンタクトとネット環境の接続監視だ。」
そして、やや手持無沙汰で去ろうとするチーフPNを呼び止め船長は告げる。
「君は他のPN達と情報共有を。乗客たちが異常に気付いているはずだ。フォローを頼む。システム障害で目的地への航路算出に時間がかかる。予定航路を外れているが、当面心配はない旨説明を。各フロアで直接説明してほしい。」
決意に顔をほころばせ、足早に去ろうとするチーフに続けて指示をする。
「それと、1FのMrファーマンを操舵室に案内してほしい。 彼にも状況の説明が必要だ。他2名が同行を希望した場合は、セキュリティー的な配慮で遠慮してほしいと伝えてくれ。」
20日 土曜日更新予定です。




