16.残された不安
フロンティアスピリッツ号でアステロイドベルト中継ステーションに向かい2日目。2度目の朝食の時が来た。
神谷たちは一階の船室で朝食を取っていた。メニューはパック入りドリンク、サンドイッチ、ゼリーサラダ、そしてデザートのプリン。この船の最上位船室クラスならではの内容だ。
「宇宙食って、想像以上におしゃれだね。うまいし。」
デザートのパッケージを開けながら神谷がつぶやくと、咀嚼中だったセリカが飲み込み補足する。
「そうですね。この船は長時間1G環境があるので、飛行機の機内食よりやや宇宙食っぽい位ですが、2F船室以降は多分、カロリーメイトの様な固形食とパックドリンク、ソフトフルーツグミ等ですよ。軌道エレベーターから月への直行便でも、それが普通です。この船は特別です。……たぶん。」
神谷はそうなのか?と言う顔でPNに顔を向けると、微笑みながら小さく頷いた。
「内容はともかく、俺はもう少し食べたいな」
アレックスがデザートの容器を片付けながらつぶやく。その言葉に、神谷は彼が少しずつ心を許し始めていることを感じ、親しみを覚えた。
「ちょっと聞いてみましょうか?心当たりがあります」
PNの言葉に、三人は一斉に顔を見合わせた。それぞれの脳裏に同じ答えがよぎったのだ――偽ビリーの分だ。ImitateHuman(IH)は、生体組織を維持するために最低限の食事を必要とする。しかし、事件が起こるまでは、誰も彼がIHだとは思っていなかった。
「あぁ、いや、すまない、今の事は聞かなかったことにして欲しい。2人とも済まない。下らん事を言ってしまった。」
「こちらこそ、失言でした、申し訳ありません。」
気まずさからアレックスの言葉は少しぎこちなさがあった。実はこの件に触れられるまで、二人は気にしていなかった。それは、遺体がないことや、彼が人ではなかった事実が原因かもしれない。しかし、たとえ人でなかったとしても、気にならなかった自分に複雑な感情を抱き、無言で食事を続けたのだった。
中間ポイントまで残り六時間。
フロンティアスピリッツ号はトーチ型宇宙船のため、常時1G加速を続けてきたが、中間地点で船体を反転させ、減速航行に移る必要がある。減速も1Gだ。反転シークエンス中は無重力になる。
神谷がナタリアから受け取ったBZ-03の資料を見ながら思考を巡らせていると、船長が神妙な顔で訪ねてきた。
「今朝ほどはPNが失礼しました。事件を思い出させるような発言をしたと報告がありまして……」
アレックスは船長の言葉に恐縮し、シートから立ち上がって姿勢を正した。
「いいえ、発端は私ですので、お気になさらず。……そのためにわざわざ?」
「その件でもありますが、Mrファーランの指示で航行プログラムなどの再確認を行った際、少し気になることがあり、耳に入れておいた方が良いかと思いまして。」
話が長くなるのだろう、船長は断りを入れて空いているシートに腰を下ろした。
「船内システムや航路データには特に改ざんの事実は見つかりませんでしたが、乗員名簿にアクセスした形跡がありました」
発言を聞いて神谷がどんな顔をしたか気になったのだろう、アレックスは横目で神谷をチラ見すると、視線を感じた神谷と目が合った。
そして、アレックスが視線を戻すと視線を誘導された船長も神谷から視線を戻すところだった。
「おそらくターゲットの存在を確認したのでしょう。」
「はい。私もそう思います。しかし、急な乗員変更に名簿の変更が間に合っていませんでしたから、十分な確認はできなかったと思います。」
「すると、このフロアに直接確認しに来ていたかもしれませんね。その点は?」
「残念ながら当船の設備ではそこまで追えません。ただ、ビリーは出港直後から当直でした。可能性は低いですが……無いとは言い切れません。そもそも船は大部分がAI制御ですから」
アレックスは腕を組んで暫く考え込む。
「他は特に異常はありませんでした。念のため、今朝バックアップからシステムと航路データをリカバリーしました。」
船長はその操作に抜かりはないと言わんばかりにやや自信満々だ。その発言にアレックスは腕を組んだまま顔を上げると・・・
「あぁ~ そのせいですか。今朝10分ほど、ネットワーク切断ログがウェアブル端末にあったので、後ほど確認しようと考えていたところです。リカバリー内容についての確認は?」
船長の自信満々な態度が鼻に付いたのか、アレックスが嫌味にならないようにアクセントに気を付けて質問する。船長は質問の意図に気づき、少々顔をゆがませる。
「それは……規定通り更新日時で……」
「それだと……」
「それだとバックアップ履歴を改ざんされていたら、保障にならないわ」
脇で聞いていセリカが口をはさむ。
「おいセリカ、リカバリーは規定通りなんだ。問題があったとしたらテラノバのセキュリティー意識レベルだろう? 船長、念のため更新履歴の改竄を確認してもらえますか?追えるか分かりませんが……」
「承知しました……」
船長は思わぬところで凹まされ顔が真っ赤だ。ハンカチを取り出すと汗をぬぐい、ネクタイを緩める。セリカを窘めたアレックスだったが、アレックスが行うと関係がややギクシャクして、今後の報告が疎かにされたかもしれない。結果的にナイスな突込みだった。
「報告は以上でしょぅか?」
「実はもう1つあるのです。例の事件を掘り返すことになってしまうのですが……食事の残量と乗員数が合わない事に気づいたのです。一人分、少ないようで。」
「ほう……ビリーの分を考慮しても足りないと?」
「はい。納品ミスかと思いましたが、ある種の食品だけ不足しているのです。我々船員は皆さんと同じ食事を頂いていますが、その分は問題ありません。合わないのは一般乗客用の簡易食――ゼリーやドリンクの残数が1人分足りないのです。」
「数が合わないことは時々あります。今回、出港直前に乗員変更がありましたし、PNなら満席分の食料が積まれていることを知っています。余計に配った事実はありませんでしたが、あんな事件の後ですから……と思いまして。」
船長は小さく息を吐くと、わずかに苦笑いを浮かべた。
「ただ、システム上の在庫はケース単位であり、1つづつではないので何とも言えないのです……皆さん、どうか気を楽にしてください。先ほどの事も含め、もう少し確認してみますので」
と、穏やかな声を残し、軽く会釈して部屋を後にした。偶然と考えたいが直前の事件とどうしても関連付けてしまう。
物思いに耽っていた3人は、やがて互いに顔を見合わせた。
「偽ビリーは動く前だった……と言う事になるのかしら?」
「名簿へのアクセスは、ターゲットの存在確認で間違いないだろう。破壊工作をするなら、フリップアンドターンの無重力時がベストだ。 ……そう考えると、偽ビリーは作戦を決行できなかったと言う事になるが……」
(……だが、発覚を遅らせたいなら、ビリーの排除がベストだ。そうしなかったのは、別の目的があったと考えるべきか?)
「では、携帯食の事はどう思う?あれもビリーがやった事になるかな?」
神谷はアレックスに尋ねた。
「うーん……理由はいろいろ考えられる。元々不足していた、粗悪品で廃棄した、手違いで二個配った。もしかして、もらえない奴の為に入手した……ってなると……」
(乗員ではない? ではどこに…… カーゴルーム!? いや、あの環境に人が耐えられる筈がない。 そうすると人間でない存在が……?)
アレックスの思考が、恐ろしい結論に達しそうになったその時・・・
「ゼリーやドリンクは、おやつにしても人気だしな。」
神谷の突然の軽い発言が、強制的にアレックスの思考に割り込んだ。二人は深い推論で反応の鈍いアレックスをほったらかしに、推論を重ねていた。
浅い推論で得意げに胸を張るセリカに、突っ込みを入れる神谷。
まるで漫才だ。
(俺が真剣に考えている時に、なんだお前らは、仲良しか! そもそも質問したのはお前だろ神谷! セリカもなんだ、お菓子なんか食いやがって…… って、おかし? はて、どこかで……)
そこでアレックスはある光景が目に浮かんだ。もはや今までの思考は完全に吹き飛んだ。
「そういえばセリカ、おやつ時間にプリン食べてたよな?」
漫才をするセリカに突然のキラーパス。要は、お前が食べてたプリンは数が合わないその分だろ? と言いたいのだ。神谷は(泣かせたことあるのに、よく言うよな)と、アレックスの図太さに感心した。
「あれは朝食で出たものですぅ〜」
セリカは頬をふくらませ、アレックスの脇腹を軽く小突いた。
超敏感に体をよじって反応すると、(おいおい、よせよ)と言う感じでおどけるアレックス。
(この二人、仲いいな)
神谷はそんな二人を眺めていた。
土曜日更新予定です。




