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星環の遺産  作者: クリスタルボウイ
火星航路編

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15/21

15.野望の系譜

 偽ビリーのウェアブル端末――奪われたビリーの端末は破損した状態でカーゴ―ルームの床に落ちていた。彼は、左手にウェアブル端末を付けていたが、アレックスに拘束され、かけられた手錠から無理やり手を引き抜き、拘束を抜けるとカーゴルームに逃げた。

 普通なら拳が脱落防止になるのだが、拳が破損し移動中に落ちたと予想される。


 そして、エアロックの外扉を開けたと言う事は、宇宙空間にさらされたと言う事になる。

 人間なら数分で深刻なダメージを追う。IHの生体組織は人間とほぼ同じであり、血液は組織保護用の合成血液だが、成分は人間と変わらない。宇宙空間に出た場合の生体組織の耐久性は、人とほぼ同じと考えられている。


 エアロックの内扉を開けて外に出る場合、内外扉の間の在室センサーが反応していると外扉は閉まらない。船内に再入室するには、一旦外に出て扉が閉まったのち、船外より開錠操作が必要になるが、外扉を開けば当然解放警報が鳴る。その音が鳴った記録はない。


 故に、彼は外に出たまま戻っていないと判断された。船長は気が動転していてそこまで気が回らなかったようだ。


 問題はその後だ。生体組織は破壊され崩壊、残った機械組織だけでどの程度生存可能か・・・検証結果は公開されていないが、かなり、甘く見積もっても、おそらく、長くて1時間程度だ。


 彼が、どの様な判断でカーゴルームから宇宙空間に逃れる選択をしたのか、今となっては誰にも知るしべは無い。身バレした場合の行動を指示されていた可能性が高い。

 簡単に死を選ぶ彼らは、命、意思、存在と言ったものが理解できないか、容易に作れるものと認識し、自己の認識が薄いのかもしれない。

 人間の思考ベースの根幹の、更にベースとなっている無意識下の存在理由。結果的に子孫を残す事に繋がる考えが、作られた彼らには無いからかもしれない。



――――――――――――――――



 神谷は、遅い朝食を採りながら物思いに耽っていた。


 セリカの理論で船内に端末の反応がない・・・実際は壊れていたが、捜索の結果、船内に偽ビリーの姿はなかった。それは、エアロックから再入室した形跡がない事から裏付けられた。

 しかし、なぜ偽ビリーはカーゴ室のエアロックから外に出たのだろうか?操舵室から一番近いエアロックは、このフロアにある搭乗用の筈だ。


 IHの行動理念が関係しそうな事はわかる。だが、もともと一般人の神谷にはIHと縁がなく、知ってるIHと言えば人型でない場合が多い。これから向かうBZ-03でも多数のIHが稼働しているだろうが、重機タイプが多いと思われる。彼らの行動理念は偽ビリーと同じなんだろうか?おおよそ、人型タイプは報道アナウンサーしか見た事がない。IHはもともと性的玩具から進化した歴史があり、価格は近年、ガソリンエンジン搭載型ビンテージスポーツカー1台分程度だと、研究者連中から聞いた事がある。研究者は人間の異性に興味がない者が多い。IHに身の回りの世話させる事が多いのだ。


 その為、大企業か、一般では愛好家しか手が出せない。

 そんな神谷にIHの行動理念など分かる筈がないどころか、気にしたこともなかった。


「うん、分かるはずないな!」


 神谷は小さく呟くと、席を立ちアレックスの席に向かう。つぶやきが聞こえたのか、セリカは報告書の作成から手を休め、不思議そうに神谷を目で追う。


「ちょっと、いいかな?」


 アレックスはピアニストのように指を動かしながら、シートのテーブルに視線を落としていた。報告書の仕上げに集中しているらしい。


「ん? なんだ? ちょっとキリの良いところまで待ってくれ……」


 内容を見られない様、神谷に正対するように手の角度を変え作業を続ける。神谷は、空いている隣のシートに腰を掛け待った。


 やがてアレックスが顔を上げ小さく息を吐いた。どうやら一区切り着いたようだ。


「偽ビリーの事なんだが、エアロックから外に飛び出すなら、このフロアの搭乗口の方が近いと思ったんだが……」


「だな、それは俺も気になった。……気になったんだが……」


 書きかけの報告書を閉じるようなアクションの後、腕を組むと神谷の話に集中するように目を合わせた。アレックスの眼鏡型ウェアブル端末は会話モードに切り替えられており、黒縁眼鏡状態だ。


「……IHは指示に忠実だ。指示を忘れることもないし、矛盾する指示は受けつけない。そして、自己破壊や人に危害を加える指示にも従わない」


「じゃあ、偽ビリーの行動は……」


「そこだ。可能性は2つある。1つはカスタムOSを使う方法だが、使い捨てIHにカスタムOSは贅沢すぎるので多分ないだろう。もう1つは、俺はこれだと想像しているが、指示者がJailbreakジェイルブレイクを使ったのではないかと……いわゆる命令の抜け道だ。」


「そんなものがあるのか?」

「ある。海兵隊では、危険な任務にIHを使っていた。その時調べた事がある。」


 アレックスは記憶を探るように目をつむるとやや上を向いて続けた。


「IHの審査は、ニューモデルがリリースされる度に、世界唯一のAIによって審査される。人間による審査の偏りを防ぐためと、AIの学習レベル差が審査に影響しないようにだ。それは軍が使用するIHだって例外じゃなかった」


 そして、再び神谷に目を戻した。


「まず、拘束を解くため自ら左手を犠牲にすると言う事があり得ない。俺は、自己破壊行為を迂回する為の指示が、カーゴルームへの移動に関係しているのではないか? と想像している。中華連邦なら誰よりもその事に詳しいはずなんだ。IHの生い立ちを考えるとな。」


 そして、アレックスはIHの生い立ちについて語り始めた・・・




「2090年頃、日本は極端な円安による企業倒産、国外投資ファンドによる企業買収が盛んに行われていた。ドール製造販売のエキゾチック企画もそんな会社の一つだ。当初ハリウッドの特殊メイク関連企業との提携で社の立て直しを考えていたが、複数企業によるTOBに発展し、中華連邦企業による破格のオーバービッドにより買収された。 あとから分かった事だが、その会社は中華連邦のフロント企業だったんだ。」


 アレックスが、珍しく専門用語を並べる。違和感を覚えた瞬間、彼の眼鏡がウェアブルモードに切り替わっていることに気づいた。瞳に、眼鏡の内側映像らしい画像がちらりと見えたのだ。


「もしかして、幻鋼堂のことか? 俺でも知ってる有名会社じゃないか!」


「ああ、だが直接手を下したのはそこじゃない。その為だけに設立された、吹けば飛ぶような新興ファンドと、裏で中華連邦と繋がってる複数の企業だ。」


「なんて汚い……」


 神谷がテーブルを拳で叩くと、簡易テーブルは思いのほか派手な音を立てた。


「連中は、企業買収のカモフラージュとして、複数企業でTOBを行った。実際、市場の株式は分散し、買収は不可能と胸を撫で下ろしていたそうだ。そしてエキゾチックの大口株主に『自分が売却しても過半数を超えない』と思わせ、売却を迫った」


「最終的に、ホワイトナイトを買って出た国内ファンドに、連中はこう言って手を引かせたらしい……あくまで噂だぞ。『取引完了後、我々は全株式を第三者に破格で売却する。今のうちに我々に売る方が、あなた方にとって最も合理的では?』とな」


「……その売却先が幻鋼堂であり、中華連邦だと……」


 アレックスは、組んでいた手を腰に当てると、やるせない思いを吐き出すように、小さく息を吐くとつづけた。


「連中は、AI技術を使った自立型ロボットをリリースしていたんだが、肌の質感と耐久性に致命的な問題があった。経営難に陥ったエキゾチック企画を買収して、問題を解決する……それが最短ルートだと考えた。」


「なるほど。あの国なら、ありがちな考えだ。」


「そして、目論見は当たって、爆発的に売れ始めたが、ある噂が立った。」

「ユーザー情報の抜きとりや、行動履歴の監視とか?」


 アレックスは、左手を腰に当てたまま、右手人差し指を立て、スナップを効かせて左右に振る。


「それだけじゃない。販売されたIHには、ユーザーが独自に反応を設定できる機能――ゲームで言うMODだな――があった。その指示情報が収集されているんじゃないか?と。実際、アメリカ軍は収集の疑いが発生した後、OSを解析して独自OSを開発し運用している。」


「……あの国は、昔からそんな噂が絶えないな。」


「そもそも、OSを簡単に解析できることがおかしいんだ。」

「製品の根幹にかかわるから、普通は公開しないものな?」


「そうだ。ハッカーどもに対策されるからな。だが連中は違法改造が発覚するたびに訴訟を起こし、違約金を回収している。むしろ、ユーザーに改造させて損失補填しながら、危険なテストを押し付け、開発期間の短縮と、次世代モデルのOS開発の参考にしていると囁かれている。OS改造まとめサイトの存在を知りながら、放置していた事からもその事がうかがえる。」


 アレックスは卓上のドリンクを手に取ると、口に含み一息ついた。


「そういう事をやっているんだ、Jailbreak? 連中にとっては朝飯前……計画通りなんだろう。」


来週土曜日更新予定です。

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