14.デキルオンナ、フッカツ?
「スペース・インシュアランス・オルディア保安部のアレックス・ハーランです。先ほどは連れが失礼しました。初めての長距離移動に気持ちが落ち込んでしまったようでして。」
セリカの問題が余計な緊張を生まないよう、慎重に言葉を選んでごまかす。そのせいでわずかに声色にぎこちなさが出ていた。
「あぁ、そうでしたか。閉鎖空間ではよくある事です。」
深刻な事態に陥っていると考えていた船長は、わずかに安堵した。もっとも、問題が解決したわけではないのだが・・・
「こちらは護衛対象の神谷レイ氏。彼の護衛案件に関係する事案の為、同席をお願いしています。」
アレックスの声は低く、よく通る。神谷は軽く会釈し、視線を船長へ向けた。
「初めまして、船長のフィリップ・マクドガルです。」
船長はグレーの手袋を外しながら、落ち着いた笑みを浮かべて二人に握手を求める。その笑みは穏やかだが、握手した手にわずかな震えを感じた。礼儀の裏に隠された緊張が、皮膚越しに伝わってくる。
この船――フロンティアスピリッツ号はテラノバ・インターナショナルパワーズ所有の船だ。主に自社便として使用しているが、料金を払えば一般客も乗る事ができる。しかし今は、一般客は全てアレックス手配の別便に変更されているため、現在の乗客はテラノバと、オルディア関係者しか乗っていない。
アレックスは船長の正面に腰を下ろす。神谷は隣に座り、視線を落としたまま無言で状況を整理している。セリカは化粧直しのため席を外しているが、彼女の香りが緊張をわずかに解くように作用していた。
「まず、現状の認識合わせを。詳細はメッセージに記入したとおりですが、航海主任のビリー・オリオン――彼は偽物で、最も注意が必要な人物です。操舵室にいますか?」
アレックスの言葉に、船長の眉がわずかに動いた。彼は深く息を吐き、椅子の背に体を預ける。
「ええ。操舵室におります。しかし、本当に彼は偽物なのですか?普段とあまり変わらない様ですが……」
船長の声には困惑が滲む。長年の航海で培った冷静さが、今、わずかに揺らいでいる。
「見た目も偽装されているのですね……そうすると、Imitate Human(IH)の可能性が高いですね。」
アレックスは淡々と答え、指先で何かを記録する。その横顔には少し前の狼狽した姿はない。
「ロボットだと言うのですか? 沈着冷静な人間ですが、ロボットのようには……」
船長の声が低くなる。彼の視線は、操舵室の方向を意識したのか、わずかにドアへと流れた。
「AIエンジンを使用したIHであれば、指示プログラムを細かく設定することで、感情起伏の低い人間になら偽装は容易です。以前、集団拉致被害者の一人をIH化して、見せしめに殺す事で要求を容易にしようとした事例があります。」
その言葉に、テーブルの上で組まれた神谷の手に力が入る。表情は変わらないが胸の中で不快感を押し殺していた。
「トアで発見されたビリー君がIHである可能性は?」
船長の問いに、アレックスは首を横に振った。
「検査で確認済です。本人に間違いありません。」
短い沈黙が落ちる。船体の低い振動音だけが耳に残る。
「本人が比較的短時間で発見されたこと、安否に問題が無いことなどから、身元の発覚も計画の内だったと考えられます。他にも理由は幾つかありますが、目的は航路プログラムの改ざんによるアステロイドベルト到着遅延工作と思われます。」
一旦言葉を切り続ける。
「犯行を未然に防ぐ為、彼を拘束する必要があります。協力して頂けますね?」
アレックスは、冷たい刃のように鋭く船長に決断を迫った。有無を言わさぬように・・・
「身元不明の船員は私としても困ります。わかりました。全面的に協力します。」
船長の宣言にアレックスは安堵する。もっとも、予想された反応だ。身元不明の工作員を放置するはずがなく、考えられる反応は『腕力に自信がない』と協力を断られる位だと考えていた。が、船長の体格からその可能性もだいぶ低いとアレックスは予想していた。
話の行く末を不安視していた神谷は、いつの間にか体に入っていた力に気付き、緊張を緩めた。
話が終了したちょうどその時、セリカが化粧室から戻ってきた。
「では、さっそく行動を開始しよう。」
アレックスは大きく手をたたき、意識を切り替えるよう促す。
皆が、思い思いの思考の向こうから帰ってくる。
「神谷は、近藤と共に部屋に戻っていて欲しい。危害を加えられる可能性は低いと思うがゼロではない。」
神谷はうなずき、エレベーターとセリカに意識を向ける。
「私は社に連絡を入れ、計画を伝えたのち、船長と操舵室にいる偽航海主任を拘束に行く。」
「どうなったの?」
エレベーターに誘導されながら、セリカが不安そうに尋ねる。
「俺たちはフロアで待機だ。アレックスと船長が偽ビリー――偽航海主任を拘束しに行く。」
神谷たちは1Fに戻り、自分のシートで待機する。
しばらくすると乗ってきたエレベーターが共有フロアの3Fに移動し、操舵室に向かって登って行った。作戦が開始されたようだ。
神谷は耳を澄ませた。
「何するんだ!」
「……なんて力だ! まて! どこに行く!? しまった、船長!エレベーター……」
「ビリー!」
2人は視線をエレベータ所在ランプに目をやる。下に向かって動いているのが分かった。
神谷は自分に目的を切り替えたかと身構えだが、エレベーターは1Fを素通り・・・。そして、最下層フロア5Fで停止した。(まずいぞ、乗客を人質にするつもりか?)
再びエレベータが操舵室に向かい、再び最下層に降りていく。今度はアレックスと船長だろう。
「どうしよう?まだ待機よね?」
エレベータの動きを注視していた神谷にセリカが尋ねる。
何があっても指示通り行動してくれという約束を破る事になる・・・ しかし、状況から事が失敗しつつあるように思える。アレックスと約束通りなら、神谷に声をかけない・・・それは、身を呈して守る状況にないと解釈できる。しかし、作戦の内容から神谷に伝えられる状況にない事もまたわかる。とても悩ましい状況にあった。
「……行ってみよう。」
5Fに着き、フロアに降りると、数少ない乗客がこちらを警戒して後ずさる。が、セリカを連れている事に気が付きやや緊張を解いた。
「船長たちはどこへ?」
誰とはなく問いかけると、皆、乗って来たエレベータに目を移す。
(この中?)
エレベーターの扉には、血痕めいた暗い染みがこびりつき、内部に踏み入った痕跡を示している。神谷は凹みに指をかけ、力を込めて押し広げた。冷えた鉄とマシンオイルの匂いが鼻を刺す。開いた先には、鋼材だけで組まれた無骨な縦階段が、2m下のフロアへと伸びていた。
「セリカ、君はここにいるんだ。」
不安そうなセリカ。一緒についていきたい気持ちはあるが、状況からかなり危険な状況が予想できる、反論したいが言葉が出ない。
「……うん……」
その時、突然警報音が鳴り響いた。そこには、激しい怒鳴り声が混じっていた。
「おい! 何をしている! 船長これは!?」
「エアロック開放音だ! ビリー、馬鹿な事はやめろ!」
「おい! 開けろ何をしている!? 船長どうすればいい!?」
「警報音が鳴っている間はカーゴルームの扉はロックされます!」
暫くして警報が止まった。
神谷は意を決して階段を降りる。
2人がこちらを激しく警戒している様子が見えたが、降りてくるのが神谷だと知ると警戒を解いた。アレックスの顔には憤りが浮かんでいる。それは、偽ビリーを取り逃がした事への怒りか、神谷が指示を無視してここに来た事への怒りか・・・
「何が起こったんだ?」
神谷の問いかけをアレックスは無視して船長に向き直った。
「もう扉は開きますね? 向こうは真空ですか?」
船長はしばらく扉の上のランプを見ていたが、グリーンランプが点滅しない事を確認すると口を開いた。
「シグナルは、気圧変化が安定した事を示しています。酸素も問題ありません。ビリーは……宇宙に飛び出したかもしれない」
「カーゴ室のどこかに潜んでいる可能性は?」
「エアロックを開放すれば内外扉の間は真空です。人間ならば生きていられません。IHは……」
「彼らは呼吸の仕草をしますが、酸素を必要としません。」
船長は顎に手を当てしばし考えると・・・
「……カーゴルームの広さと荷物の積載状況から二人でビリー……彼の左手がちぎれているとしても、探すのは危険だと思います。捜索中に回り込まれ、逆に閉じ込められる危険性があります。」
「……」
「……」
会話から2人が偽ビリーを取り逃がしたらしき事を把握する。そして、探索に危険が伴う事も・・・
沈黙の中、階段を降りてくる足音が響いた。
皆がハッとして振り返ると、現れたのはセリカだった。
「セリカ……」
「どうしてお前までここに来た!?」
アレックスの声には怒りと驚きが混じる。だが、セリカはそれを無視して口を開いた。
「ねえ、ウェアブル端末の所在信号でわかるんじゃない?」
「お前なぁ……、端末だけ宇宙に投げ出して偽装する事だってできるだろう?」
「いや、二重扉になっているので、内扉を開けたまま、外扉を開ける事はできない。端末が外にあるとしたら外扉を開けた人間も外にいるはずだ。」
船長が補足する。
「なら、電源を切ったか壊していれば分らんだろう?」
「切っているなら強制起動信号で所在確認できるし、壊しているなら所持している意味が無いわ。」
要するに、ウェアブル端末をその後利用する目的で所持しているなら、壊す訳がない。強制起動信号を送って所在が船内に無ければ、偽ビリーは宇宙に出たと言う事になる。
「……なるほどな……確かに理屈は通っているな……」
悔し気に発するアレックスを尻目に、セリカは控えめな胸を張った。
その顔には、ほんの少し得意げな笑みが浮かんでいた。
土曜日更新予定です。




