11.セリカ・近藤
セリカはアステロイドベルト中継ステーション行宇宙船──フロンティアスピリッツ号の中で、自席をややリクライニングさせ日記をつけていた。隣の席では神谷が静かに寝息を立てている。
いつもなら、自室でAIによる音声文字起こしアプリを使うのだが、寝ている神谷に気を使い、今日はウェアブル端末と連携させた文字起こしアプリを利用した記入だ。
指で仮想紙面に文字を記入すると、AIが前後の記入内容から最適文字変換を行い記録していく。ところどころ修正しながらの作業はやや面倒だが、幸い宇宙船の中では他にやる事がない。
調査対象者や質問の仕方で差があるが、2025年現在、男女合計して概ね1割~2割程度が日記を付けているらしい。また、近年SNSに定期的に投稿する人が増加しており、これを日記と呼ぶとしたら増加傾向にあると言えるらしい。
日記の続かない理由は、メンドクサイ、時間がない、何を書けばいいかわからない、が主な理由だろう。
この時代、AIジャーナリングによりこの3点について改善が図られており、日々、AIの質問── 例えば、『今日どこに行った?』『だれと会った?』等の質問に答えるだけで、AIが奇麗に清書し日記化してくれるアプリが普及しており、微増傾向にある。
セリカの場合は母の影響だ。
彼女の母の時代は当然このようなアプリは普及しておらず、現在と同様ペンで紙面に日記を付けるやり方であった。幼いセリカは母の書いた日記を読みたがり、たびたび読ませて欲しいとせがんだが、漢字混じりの文字は彼女には難しく、興味が湧く事はなかった。
ジュニアハイスクール時代、母を見習いペンでの記述方法で日記を始めたのは、淡い恋心の整理を付ける為であったが、失恋後は上記3点が継続の壁になった。
彼女が現在まで継続できているのは、『続ける為にはどうすればいいのか?』を考え続けた結果、『未来の自分へ今の自分を伝える形にする。』『誤字脱字は基本直さない。直す場合は斜線で消す。』『今感じた事を書く』と言う3点の自己ルールの効果だった。始めたきっかけが『心の整理を付ける為』であった事も幸いしたようだ。
もちろん、デジタル技術の進化なしには語れない。
彼女の日記を見る事が出来たので内容を紹介しよう……
--- セリカの日記 ---
2158年5月18日
今日神谷さんと会った。声だけで会っていたあの神谷さん。VR受付が仕事をボイコットしてたから何度か声だけの対応だったの。
やっぱり私の事気づいていなかったわ。その事を教えてあげてちょっと優越感。
神谷さんは生粋の地球人。 無重力に慣れてなくて、長い足をバタバタさせて浮遊している姿はとてもかわいい ……いいえ、ウケた。
仕事の内容は残念ながら業務上の機密事項だから書けない。でも、今の私なら知っているから不要でしょ?
書けるのは…… 資源惑星に向かって社用船で向かっているって事がギリギリかな。
そう言えば、セリカ・近藤って名乗っちゃった。 神谷さんは日本人だから近藤星里華って名乗ってもよかったんだけど、なんとなくできる女っぽいし、『神谷レイ』だから、ハーフかなぁ~と思って名前を先にして名乗ってみた。
彼、純粋な日本人かな? 零かな?礼かな? プロフィール上は『レイ』だった。私と同じようにカッコつけてる?
男性だと『零』の方が外国人受けするよね。
神谷さんは多分、7課の配属になると思う。臨時研究員扱いね。事務所に席はなく必要な時現場に呼び出されて仕事をするスタンス。芸能人みたいな立場だわ。私はそうするとマネージャーと言う事になるかしら?
7課は変わったメンバーが多いけど、神谷さんは普通…むしろ良い線かも。ちょっとドキッとしたわ。ゲレンデマジックかしら。宇宙で言うなら『スペースマジック?』 な~んてね。
パートナーとしてはどうかと言うと……考古学者?って、収入どうなのかしら? ちょっと不安。
というか、その前提で考えていないからね! 『その』って何?とか突っ込まないで。今の私なら分かっているでしょ。
出発前何か揉め事があったみたい。
あなたはこの先何があるか知ってるのよね? でも、今の私はまだ知らない。怖いけど楽しみでもある ……違うわね、宇宙空間であることを考えると不安だわ。
--- ここまで ---
その後セリカはちょっと考えてタイトルを追加した。
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2158年5月18日
『神谷さんとの出逢い』
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セリカが意味深なタイトルに微笑んでいると、神谷の動く気配にドキッとして隣を確認した。神谷は寝返りをうっただけで、相変わらず静かに寝息を立てている。
覗かれていたような錯覚にドキッとしたが、秘密がまだ守られていることに安堵したセリカは、日記を閉じると、静かにリクライニングシートを倒した。
そして、宇宙の静かさに身を委ねた。
水曜の夜、更新します
そして、本編に戻ります。




