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飢えた王国 ~麦を奪って生き延びた俺は、誰も麦を奪わなくていい国を作る~  作者: レモンティー


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第九十四話 十年後、飢えた王国には麦畑が広がっていた

十年後。

アルディア王国。

かつて、飢餓によって崩壊寸前まで追い込まれた国は、大きく姿を変えていた。

北部には麦畑が広がり、南部には灌漑水路が整備され、西部の港には外国の商船が出入りしていた。

王都へ続く街道には、麦袋を積んだ荷馬車が行き交っている。

かつて、その街道には難民が溢れていた。

食料を求めて歩き続け、道端で力尽きた人々。

子供を抱いたまま動かなくなった母親。

麦一袋を巡って殺し合った兵士たち。

今では、その場所に市場が建っていた。

「焼きたてのパンだよ!」

「今年の麦は出来がいいぞ!」

「北部産の豆も入ったよ!」

商人たちの声が響いている。

村の入口には、飢饉で亡くなった人々の名を刻んだ板が残っていた。

十年ぶりに帰った旅人が、そこで帽子を取る。

その横を、学校帰りの子供たちが駆けていった。

「この人たちは、何をした人なの?」

「麦が足りなかった年に、ここで暮らしていた人たちだよ」

旅人はそう答えたが、子供はまだ意味をつかめない顔をした。

知らずに済む時代が来た。

そのことを喜びながら、名を消さずに残す理由も教えなければならない。

共同食堂では、クリスが子供たちに麦の量り方を教えていた。

「どうして一粒まで数えるの?」

「足りなくなったとき、誰かの分を忘れないため」

クリスは答え、秤を子供の手に渡した。

だが、王国が豊かになったわけではなかった。

貧しい村はまだ多い。

不作の年もある。

食料価格が上がれば、暮らしに困る人々もいる。

それでも、十年前とは決定的に違うことがあった。

飢えた村が、助けを求められるようになったのだ。

各地方には穀物倉庫が設けられ、備蓄量が記録されていた。

収穫が不足した地域には、別の地域から麦が運ばれた。

王国の河川には平底船が行き交い、主要街道の橋も修復されていた。

そして、農民たちは種麦を奪われなくなっていた。

十年後の麦畑には、飢饉を知らない子供たちが走っていた。

エリクはそれを喜びながら、倉庫の点検表に目を落とした。

平穏な年こそ備蓄を忘れやすい。

十年前の数字を、彼はまだ持っていた。

十年後の配給所には、かつて飢えを知らなかった子供たちが並んでいた。

クリスは彼らに麦の量り方を教えた。

「どうしてこんなに細かく数えるの」と聞かれ、少し考えて答えた。

「足りなくなったとき、誰かを忘れないため」

子供は首を傾げた。

知らずに済むことを喜びながら、忘れさせてはいけないこともあった。

麦畑が広がった十年のあいだにも、失われた家族は戻らなかった。

エリクは豊かさを祝うときほど、最初の冬を忘れないようにした。

麦畑の端に立つ若者は、飢饉を知らなかった。

エリクは知らないことを責めず、倉庫の鍵の扱いだけを教えた。

アルト村。

エリクは畑の中央に立っていた。

二十七歳になった彼は、以前より背が高くなり、肩幅も広くなっていた。

だが、着ている服は相変わらず質素だった。

腰には剣ではなく、小さな農具が下がっている。

「総監!」

若い役人が駆け寄ってきた。

「王都から急ぎの書類が届いています!」

エリクは麦の穂を確かめながら答えた。

「そこに置いておいてください」

「ですが、陛下からの報告依頼です!」

「分かりました。あとで読みます」

「あとで、ですか?」

役人は困惑した。

エリクは笑った。

「今は収穫前ですから」

役人はため息をついた。

王国農業総監。

国王直属の高官。

その人物が、朝から泥だらけになって畑を歩いている。

王都の役人たちは、いまだにその光景に慣れていなかった。

そこへ、一人の女性がやってきた。

「お兄ちゃん!」

クリスだった。

二十二歳になった彼女は、アルト村の共同食堂と孤児たちの学び舎を手伝っていた。

「また書類を後回しにしてる!」

エリクは苦笑した。

「畑を見ていただけだよ」

「昨日も同じこと言ってた!」

「……そうだったかな」

クリスは笑った。

そして、畑を見渡した。

「今年も、いっぱい実りそうだね」

「ああ」

エリクは頷いた。

「でも、まだ分からない」

「分かってるよ」

クリスは空を見上げた。

「雨が降らないこともあるし、降りすぎることもある」

そして、笑った。

「だから、ちゃんと備えるんでしょ?」

エリクも笑った。

「……その通りだ」

十年前。

クリスは、パン一切れを手に入れることすら難しい少女だった。

今では、飢えた子供たちに食事を作る側になっていた。

エリクは麦畑を見つめた。

十年。

長いようで、短い時間だった。

そして、彼はまだ知らなかった。

その年、王国に新たな試練が訪れることを。

役人が差し出した書類は、豊作の報告ではなかった。

備蓄倉庫の監査で、二つの村の記録が食い違っているという。

「十年もたったのに、まだこんなことが起きるのか」と若い役人がこぼした。

エリクは書類を受け取った。

「十年たっても起きるから、調べる仕組みを残したんです」

クリスが頷いた。

「昔なら、数が合わない理由を聞く前に、誰かが空腹で倒れてた」

エリクは畑をもう一度見てから、監査の立ち会いに向かった。

監査の机には、収穫量と配給の遅れを別々に記した帳簿が待っていた。

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