第九十二話 王国で初めて、子供たちが飢えずに冬を迎えた
冬。
アルト村に初雪が降った。
共同食堂の窓は湯気で曇っていた。
子供が指で小さな丸を描くと、外では雪が積もり始めている。
誰もその窓から畑の残りを数えようとはしなかった。
配給係は倉の扉を閉め、帳簿を抱えてエリクのところへ来た。
「麦、干し豆、根菜。数え直しました。予定どおりなら、春の種蒔きまで持ちます」
エリクは数字を一つずつ確かめた。
去年の冬、彼は妹に明日の食事を約束できなかった。
だからこそ、帳簿の最後の行まで見届けたかった。
家に戻ると、クリスが暖炉の前でパンを切っていた。
食卓の端には、空の小皿が一枚置かれている。
「母さんの分か?」
クリスは頷いた。
「今日は食べ物があるから、見せたかったの」
エリクは皿を片づけなかった。
二人で静かに食事を始めた。
窓の外では、子供たちが雪を丸めて遊んでいた。
去年なら、外で走る力もなかった子供たちだ。
「お兄ちゃん、明日の朝も粥?」
「ああ」
「明後日は?」
エリクは倉の数字を思い浮かべた。
「明後日も食べられる」
クリスは笑った。
けれど、パンの半分を布に包んだ。
「……明日もあるって分かってる。でも、あの冬みたいに突然なくなる気がして、まだ怖いの」
エリクは包みを取り上げなかった。
「俺もだよ」
二人は顔を見合わせた。
「だから、明日の分も、その次の日の分も、みんなで数えて、倉の鍵も一人だけでは開けられないようにしたんだ」
食卓に並ぶ椀の数を、クリスは何度も数えた。
足りない椀がないことを確かめても、胸の奥の不安はすぐには消えない。
それでも今日は、明日の分を隠さずに話し合える。
子供たちの笑い声は、冬の寒さを消してはくれない。
それでも、空腹で泣く声ではないことが、村の大人たちには何よりうれしかった。
翌朝、共同食堂の戸口には、雪を払うための古い箒が立てかけられていた。
去年は薪が足りず、戸を開け放したまま震えて粥を待った場所だ。
今日は湯気で窓が白く曇り、鍋のそばでは二人の村人が交代で火を見ていた。
共同食堂で小さな男の子が粥を半分残した。
母親が慌てて叱ろうとすると、男の子は椀を抱えた。
「お昼に食べる。あとでお腹がすくから」
母親は言葉を失い、椀に布をかけた。
「昼になったら温め直そうね」
男の子は驚いた顔をした。
「また火を使っていいの?」
「いいのよ。薪も、みんなで冬の前に運んだでしょう」
母親はそう言いながら、昨年の自分なら同じ返事ができなかったことを思い出していた。
食べ物を粗末にしているのではない。
次の食事があると信じられるようになったのだ。
夕方、クリスは昨日包んだパンを取り出し、エリクと半分ずつ食べた。
「明日も焼こうね」
「ああ。明後日も」
外では雪が静かに降り続いていた。
エリクは雪を見た。
まだ怖さは消えない。
それでも、明日の粥の量を妹に隠さず話せる冬になった。
その翌日の昼、食堂の奥でクリスが新しい配給表を壁に掛けていた。
少年が指で文字を追う。
「明日のパンも、ここに書いてあるの?」
「書いてある。でも、もし届かなかったら、こっちの倉庫から運ぶの」
「じゃあ、なくならない?」
クリスは答えを急がなかった。
「なくなることはある。だから、なくなったときに誰か一人が泣いて待つだけにならないようにするんだよ」
そのとき扉が開き、雪をかぶったドランが入ってきた。
「西の橋が凍った。明日の荷車は通れない」
食堂に緊張が走った。
クリスは掲示板の二番目の経路を指した。
かつて兄に明日のパンを尋ねるしかなかった少女が、今は誰かの明日の食事を手配している。
「南の倉庫へ連絡を。今日のうちに、豆をこちらへ回して」
「麦は?」とドランが尋ねた。
「こちらの倉に三日分あります。橋が通れるまで粥の配合を変えれば持ちます。子供の分は減らしません」
ドランは一度だけ頷き、雪の中へ引き返した。
クリスは配給表の数字を消さず、その横に代替の倉と運搬係の名前を書き加えた。
子供たちはまた遊び始めた。
昔なら村中が震えた知らせが、今は仕事の手順に変わっていた。
エリクは子供たちの笑い声を聞きながら、届け先を記した札を次の使者へ渡した。




