第九十一話 麦の収穫量を増やすため、農民たちは新しい農法を始めた
アルト村の春。
村長ハインツは、畑に三本の杭を打った。
「一つ目は、これまでどおりの麦。二つ目は種を蒔く間隔を変えた麦。三つ目は豆を育て、来年の麦のために土を休ませる」
若い農夫セドは、三本目の杭を見つめた。
「豆が育たなかったら、うちは冬を越せません」
父から受け継いだ畑だ。
新しい方法を試したい気持ちはある。
だが、失敗の代償を払うのは帳簿ではなく、家族の腹だった。
「全部の畑で試すつもりはない」とハインツが言った。
「まず小さな区画で比べる」
「それでも、うちの一角は減ります」
エリクは返事を急がなかった。
かつて自分は、腹を空かせた妹のために麦を奪った。
今、誰かに危険を引き受けろと言うのなら、その人が飢えない手立ても用意しなければならない。
「試験用の種は、村の食料備蓄とは別にします。収穫が減った家には、備蓄から補います。必要な量と支給の条件を、ここで書面に残しましょう」
「役人が約束を忘れたら?」
セドの母が、畦道から尋ねた。
「村の掲示板にも写しを出します。クリスに、配給台帳との照合を頼みます」
クリスは持ってきた紙を広げた。
「約束を破ったら、村の人が数字で確かめられるようにするね」
セドはようやく鍬を地面に下ろした。
「なら、一列だけやります。失敗したら、隠さないでください」
「成功しても失敗しても、同じ大きさの字で書きます」とエリクは答えた。
夏。
堆肥を多く入れた区画の芽はまばらになり、豆の若芽は鳥についばまれた。
「ほら見ろ。腹が減っているときに新しいことをするからだ」
老農夫の声に、若者たちは俯いた。
ハインツが土を手に取った。
「堆肥が十分に腐っていなかった。土も思ったより湿っている」
エリクは失敗した区画にしゃがみ込んだ。
ここで失われた一握りの麦にも、食べるはずだった人がいる。
「去年と同じやり方を残しておいてよかったな」とハインツが言う。
「でも、失敗したのは僕たちです」
「なら、何を間違えたか調べる。それが次の仕事だ」
クリスは畑ごとに使った種の量、水の量、堆肥の状態を書き分けた。
セドは黙って手伝った。
紙の上の数字は冷たかったが、誰かを責める言葉ではなかった。
秋。
従来どおりの畑は安定して実った。
種の間隔を変えた畑はわずかに多く、堆肥を使った畑は少なかった。
書記が報告書に良い結果だけを写そうとしたとき、エリクはその手を止めた。
「悪かった数字も残してください。別の村が同じ失敗をしないためです」
「それでは、新農法への期待が下がります」
「期待より、冬を越す人の数が大事です」
セドの家には約束どおり備蓄麦が届いた。
母親は袋を確かめ、初めて試験記録に署名した。
「これなら来年も、一列くらい試せるね」
その言葉を聞いて、エリクは胸の奥がほどけるのを感じた。
村の寄り合いで、セドは失敗した区画の収穫を自分で読み上げた。
「隣の畑より少なかった。俺が肥料を急いで混ぜたのも悪かった」
「だったら来年はやめろ」と誰かが言う。
セドは首を振った。
「全部は変えない。小さい畑で、もう一度試す。失敗した理由を隠したら、別の家が同じ失敗をする」
ハインツは記録を掲示板に貼った。
新しい農法の最初の成果は収穫量ではなく、失敗を隠さず次へ渡せたことだった。
翌春。
三枚の札が畑の前に立った。
『水はけのよい畑』『湿った畑』『従来どおりの畑』。
セドは前年の失敗した区画を指した。
「今年は堆肥をよく寝かせます。鳥よけもつける。でも、全部は変えません」
「それでいい」とハインツは頷いた。
一度の成功で王国中の畑を変えることも、一度の失敗で試みを捨てることも、彼らはしなかった。
エリクは新しい札の下に、小さく一行を書き加えた。
『失敗した家族を、次の春まで飢えさせないこと』。
畑の仕事は、収穫を増やすことだけではない。
失敗しても、また種を蒔けるようにすることだった。




