第八十九話 食料を持つ者と持たない者の格差が、再び戦争を生みかけた
王国南部の農村で、地主の屋敷が取り囲まれた。
「麦を分けろ!」
「俺たちが刈った麦だ!」
地主の帳簿には地代が記され、農民の手には借金の印が残っていた。
どちらの紙も一方だけでは暮らしの全体を示さない。
エリクは収穫量と負担を同じ机の上で比べることにした。
門の内側には満杯の倉庫があり、外側には空の椀を持った農民がいた。
復興で収穫は増えた。
だが、土地を持つ者と持たない者の暮らしは、同じようには良くならなかった。
エリクが着いたとき、一人の若者が門に火をつけようとしていた。
「待って!」
エリクが駆け寄ると、若者は松明を振り上げた。
「ここを燃やせば、麦を売れなくなる!」
「麦も燃える。君の家族が食べる分まで」
若者は歯を食いしばった。
「じゃあ、どうしろっていうんだ。三か月働いて、もらったのは麦二袋だ!」
地主は門の内側から叫んだ。
「倉庫の麦は借金を返すためのものだ!」
農民は「俺たちの手で刈った」と怒鳴り返した。
エリクは両方の帳簿を持ち寄らせ、収穫量と賃金の約束を照らした。
数字はどちらにも都合よく書かれていた。
まず火を消し、翌朝まで倉庫を共同で封印する。
裁く前に麦が焼ければ、全員が負けるのだった。
地主は門の向こうから怒鳴った。
「種も農具も税も、私が払っている! 収穫は私のものだ!」
エリクは双方を広場へ呼び、帳簿を出させた。
地主の費用は確かに重かった。
だが、麦を高値で売る契約が先に決まり、労働者の取り分だけが削られていた。
「この契約では、働く人が冬を越せません」
「利益を捨てろと言うのか」
「利益は必要です。でも、来年畑に立つ人がいなくなったら、利益もありません」
若者が言った。
「約束したって、また破るだろう」
エリクは頷いた。
「だから、約束を紙に残して、誰でも読める場所に貼ります」
地主は顔をしかめた。
「私の商売を人前にさらすのか」
「人の命に関わる取り分です」
帳簿を開けば、約束と実際の取り分の差が見える。
だが数字を読めない者にも、異議を唱える権利がなければ意味がなかった。
話し合いは夕暮れまで続いた。
農民たちは最低限の食料を確保する賃金を求め、地主は不作の年に払えないと訴えた。
麦を持つ村と持たない村が向かい合う会議で、誰も「公平」の意味を同じようには使わなかった。
エリクは生産量、人口、病人の数を別々に書き出した。
「一つの数字で決めるのはやめましょう」
結局、収穫の一定割合を労働者へ渡し、凶作の年は村の備蓄から不足分を補う契約を結んだ。
小作地の貸し出しと、記録の公開も決めた。
すべてが解決したわけではなかった。
土地を持たない者が、突然豊かになったわけでもない。
若者は松明を地面に置いた。
「来年、また騙されたら?」
「そのときは、この帳簿を村の立会人に見せてください」
「立会人まで地主の味方だったら?」
エリクは即答できなかった。
帳簿を写す若者が尋ねた。
「偉い人が来なければ守られない約束ですか」
自分が村を離れれば、また力のある者が麦を集めるかもしれない。
そこで、村人自身が記録を確かめられるよう、数字を広場に掲示することを提案した。
監督する者が不在でも、疑問を口にできる仕組みが必要だった。
村を離れるとき、彼は新しい帳簿の写しを鞄に入れた。
一つの村で決めた約束を、王国の仕組みに変えなければならない。
飢えは、麦が足りないときだけ生まれるのではなかった。
麦があるのに届かないときにも、生まれるのだ。
麦を持つ者と持たない者が広場で睨み合ったとき、クリスは双方から一人ずつ話を聞いた。
「売る側は来年の種を守りたい。買う側は今夜を越えたい。どちらかを悪者にしても、麦は増えない」
彼女は緊急配給と種麦の買い上げを別の帳簿に分けた。
争いを止めたのは、優しい言葉だけではなかった。
市場で麦の値が上がると、裕福な商人が先に買い占めた。
「法律には触れていない」と商人は言った。
エリクはすぐに倉を開けと命じなかった。
アコギを裁いた日のことを覚えていたからだ。
クリスは市場の板に、地域別の在庫と翌週の入荷予定を書き出した。
ドランは遠い村から荷を回し、カールは商人の荷車を没収せず、輸送契約を公開させた。
市場の女は掲示された入荷日を読み、今日買う麦を一杯だけ減らした。
明日の荷が本当に届くかは分からない。
それでも、確かめられる約束があるだけで、買い占める理由は一つ減った。
値は一日では下がらなかった。
それでも、人々は翌日の入荷を確かめられるようになった。
「入荷の日が分かれば、買い急がなくて済む人もいるね」とクリスが言った。
エリクは頷いた。




