第八十七話 飢饉で親を失った三万人の子供たち
王宮の会議室で、ユリウスは一冊の報告書を開いた。
「戦争と飢饉で親を失った子供は、確認できただけで三万人以上。調査の終わっていない地域もある」
エリクは数字を聞き返した。
孤児の名簿には、同じ姓の兄弟が別々の行に記されていた。
エリクは食事の数を確保すると同時に、離れ離れになった家族を探す係を置くよう求めた。
「三万人……今は、どこに?」
「親戚に引き取られた子もいる。だが難民の集落や街路に残る子も多い。保護所を増やす計画だ」
「食事と寝床だけでは足りません」
エリクが言うと、ユリウスは頷いた。
「教育と仕事も必要だろう。だが、まず今日を生き延びさせねばならん」
午後、エリクとクリスは王都の仮設保護所を訪れた。
寝床は並んでいるが、毛布は足りず、名簿には空欄が目立つ。
食事の時間、九歳ほどの少女が粥を受け取らずにいた。
「嫌いなの?」
クリスが尋ねると、少女は首を振った。
「弟の分がないから」
弟は別の町の施設へ送られたという。
少女の名はマーヤ。
弟の名はトム。
二人の名字は、名簿で違う綴りになっていた。
「探してみよう」
クリスは少女の隣に座り、覚えている村の名前や、弟の年齢を一つずつ聞いた。
書記は言った。
「同じ名前の子が何人もいます。別人かもしれません」
「だから確かめるんです」
エリクは返した。
隣町の名簿を取り寄せ、移送した日の記録を照らし合わせた。
夕方、施設の戸口に痩せた少年が立った。
「姉ちゃん」
マーヤは椀を置き、走り寄った。
二人はしばらく何も言わずに抱き合っていた。
「ご飯、あるよ」
少女は弟の手を引いた。
今度は二人で粥を食べた。
一人の弟を探すだけで、三人の大人と丸一日が必要だった。
エリクはユリウスへの報告に、施設の定員だけでなく、家族と離れた子の記録を必ず残すよう求めた。
親を失った子供に必要なのは、一度の食事だけではなかった。
翌朝起きたときに呼べる人の名も、同じくらい大切だった。
「人数で分けるだけでは、家族をもう一度失わせてしまいます」
親を失った子供たちの名簿には、同じ姓が何度も並んでいた。
クリスは一人ずつ名前を読み、食事と寝床があるか確かめた。
「数を数えるだけじゃ、夜に泣く子は減らないよ」
エリクは頷いた。
その夜、クリスはマーヤに毛布を二枚渡した。
「明日は何をしたい?」
「弟と一緒にいたい」
「それから?」
少女は考え込んだ。
「……休んでもいいの?」
「いいよ。疲れたでしょう」
翌朝の手伝いを選ぶ札には、台所、畑、薪運び、それに「休む」があった。
マーヤは最後の札を選び、弟の隣に横になった。
マーヤが「休む」の札を選ぶと、世話係は一瞬迷った。
働ける子に仕事を任せれば、施設は助かる。
だが働くことでしか食事を得られないなら、子供はまた別の飢えに追い込まれる。
エリクは札を見て言った。
「休むのも、ここで暮らす子の権利です」
マーヤは返事をせず、弟の手を握って眠った。
エリクは戸口からその姿を見た。
三万人を救う制度は、今日すぐには完成しない。
それでも、誰かの名前を正しく書き、兄妹を離さず、明日を自分で選べるようにする。
その一つ一つを、制度の仕事にしなければならなかった。
孤児の名簿を作っていたクリスは、同じ姓の子供が別々の町に送られたことに気づいた。
「この二人、兄妹かもしれない」
役人は首を振った。
「食べさせるだけで手いっぱいです」
再会した二人の子供は、互いの顔をすぐには思い出せなかった。
姉が弟の手首の古い傷を見つけて、ようやく泣いた。
クリスは名簿を閉じず、二人が同じ家へ帰れる手続きを続けた。
「だからこそ、家族までなくさせたくない」
クリスは移送先に手紙を書き、返事が来るまで名簿に印を残した。
三週間後、二人は同じ保護所で再会した。
クリスは二人の名簿に「再会」と書き込んだ。
まだ印のない名前が、その下に何百も続いていた。




