第八十五話 王国の倉庫には麦があるのに、村人には届かなかった
王都アルディア、中央穀物管理局。
エリクは配給記録を見つめた。
『未配達、八千袋』
倉庫の扉は開いているのに、山村の食卓には麦がない。
エリクは保管量の表の隣に、未配達の日数を書かせた。
届かない麦は、飢えた者にとって存在しないのと同じだった。
「八千袋も残っているのに、なぜ村では人が死んでいるんですか」
管理官は地図を広げた。
「橋が落ちています。山道は崩れ、街道には盗賊が出る。荷車も馬も足りません」
「倉庫にあるだけでは、食料とは言えないんですね」
そのとき、山村から来た少年が一つの袋を差し出した。
中には麦ではなく、小石が三つ入っていた。
「村長が持たせました。あと三日だって」
少年はそれだけ言うと、椅子に崩れ落ちた。
カールが地図を覗き込む。
「護衛を付けて陸路を行くか」
「橋を直すには間に合いません」と管理官。
「なら、川は?」とエリク。
管理官は指を止めた。
「川沿いなら、船で一度に多く運べます。ただし、山村まではまだ道がある」
「川岸に中継所を作りましょう。最後の区間は荷を小分けにして、人が背負う」
「人手が要ります」
「村の代表に協力を頼みます。最初の便は護衛を付ける。八千袋すべての計画より、まず三日以内に村の全戸が一食を作れる量を届けることを優先してください」
ドランは、麦が届かなかった村の受領印を調べた。
そこには役人の印が押されていたが、村長は荷車を一度も見ていないという。
「印を押したのは誰だ」
「川向こうの中継所です。受け取ったつもりで……」
中継所の係は、受領印を押した理由を尋ねられて俯いた。
「次の荷車に積むつもりでした」ドランは答えた。
「積んだ日と、届いた日は違う。子供はその間も腹を空かせる」
ドランは帳簿を閉じた。
「つもりで人は食えない。中継所の受領と、村での受領を別の欄にする」
その日のうちに、最寄りの倉から豆が送られた。
受領の仕組みを直すより先に、今日の食事を届けなければならなかった。
船が出たのは、その夜だった。
途中で雨が降り、袋の一部が濡れた。
「このままでは腐る」と船頭が叫ぶ。
エリクは荷を開かせ、濡れた麦を選り分けた。
乾かす場所を確保し、使える分を先に運ぶ。
「急いで運ぶだけじゃ、駄目なんですね」と少年が言った。
少年が濡れた麦の袋を見つめた。
「倉庫にはあったのに、腐らせたら村には届かないんですね」
エリクは頷き、乾かせる麦と廃棄する麦を別の帳簿に記した。
船が運んだ量ではなく、食べられる状態で村に届く量を数えるためだった。
山道の最後の坂で、荷車が止まった。
兵士と村人が袋を分けて背負った。
夜明け前、村に着いた。
配給係の女が最初の麦を鍋に落とす。
少年はその音を聞いて、ようやく泣き出した。
「三日、間に合った……」
だが少年は鍋を見たまま、隣の家の名を口にした。
「そっちは五人です。ここで煮た分だけじゃ足りない」
配給係は木札を取り出し、家ごとの人数を読み上げた。
カールは残りの袋を数え、まず子供と病人のいる家へ運ぶよう兵に命じた。
エリクは少年に言った。
「今日届いたことだけでは終わらせない。次の便がいつ来るか、ここに書いて残す」
少年は涙を拭き、札を掲示する壁の場所を教えた。
エリクは地図を広げ直した。
今夜の便は応急処置にすぎない。
次は川沿いに倉庫を置き、船頭を雇い、橋を直し、盗賊から道を守らなければならない。
山村へ運んだ麦の残りを数えると、次の便には足りなかった。
エリクは川沿いの小倉庫の位置を地図に記し、橋が壊れた季節でも届く道を探した。
「今夜助かったから、次も助かるとは限らない」
配給係は頷き、受け取った家の数と、まだ届いていない家の数を別々に書き始めた。
王国には麦があった。
それを人の口へ届ける道が、まだ足りなかった。




