第八十四話 戦争が終わったのに、村では子供が餓死していた
戦争終結から二か月。
王都ではパン屋の窯に火が戻り、市場に麦が並び始めていた。
だが、北西部フェルン村でエリクを迎えたのは、枯れ木の下に並ぶ五つの小さな墓だった。
「この二週間で亡くなりました」
村長が言った。
「全員、子供です」
墓の前に母親が座っていた。
膝には片方だけの小さな靴がある。
「戦争は終わったんでしょう」
母親は顔を上げた。
「だったら、どうしてこの子は助からなかったの」
エリクは答えられなかった。
終戦の日付と、麦が村へ届く日は同じではない。
倉庫を調べると、残った麦は底が見えるほどだった。
前年の収穫は平年の三割。
今年も干ばつの被害が重なった。
王都からの配給は一か月以上届いていない。
「途中の橋が戦争で焼かれました」
村長は地図を指した。
「王都から百二十キロ。荷馬車は川を渡れません。迂回すれば三日余計にかかります」
エリクはカールと現場へ向かった。
橋脚の焼け跡が水面から突き出ていた。
「直すのに何日ですか」
「急いでも十日は要る」
「十日待てない人がいます」
エリクは川幅を測り、対岸の浅瀬を確かめた。
「橋ができるまで渡し舟を出せませんか。荷を全部運べなくても、まず麦と病人を」
カールは水の流れを見た。
「舟は使える。ただし増水したら止める。操れる者も必要だ」
「近くの漁師に頼みます。対岸には小さな荷捌き場を作りましょう」
村長が口を開いた。
「運ぶ麦は、どこに?」
エリクは黙った。
道が開いても、倉庫が空なら何も届かない。
制度が整ったという知らせは、飢えた子供の枕元までは届かない。
エリクは数字の改善だけで満足しないと決めた。
「隣の配給所へ伝令を出します。王都には、この村だけでなく、橋を失った村の一覧を送ります」
村長は首を振った。
「また帳簿に名前を書くだけですか」
その言葉は痛かった。
「いいえ。明日の夕方までに、最初の荷をここへ運ぶ手配をします。間に合わなければ、私が理由を説明しに戻ります」
「理由を聞いても、子供の腹は膨れません」と村長は言った。
「その通りです。だから私の約束だけで終わらせない。村の代表に受領を確認してもらい、届かなかったときは隣の配給所にも知らせる仕組みにします」
エリクは伝令の名前と出発時刻を、村長の目の前で記した。
村長は伝令の名を復唱し、村の書記にも控えを取らせた。
王都へ戻る前に、エリク自身が荷の到着を確認することになった。
翌朝、渡し舟が川へ下ろされた。
最初に渡ったのは麦袋ではなく、高熱で動けない少年だった。
クリスが母親と一緒に舟へ乗り、対岸の医師へ連れていった。
昼過ぎ、隣の配給所から借り受けた麦が届いた。
袋はわずかで、全員の腹を満たすには足りない。
村長は配給名簿を広げ、乳幼児と病人のいる家から順に配ることを告げた。
墓の前の母親は列の最後に立っていた。
「私の子には、もう要りません」
そう言って、前にいた小さな女の子を押し出した。
エリクはその姿を見つめた。
村の入口に立てられた配給予定の板には、到着済みの印があった。
だがエリクが到着時に見た倉庫には、配給予定量の麦がなかった。
エリクは印を消さず、その横に「未受領」と書き、誰が押した印なのか調べさせた。
橋を架け直すだけでは足りない。
村へ麦が届いたか、その麦を誰が受け取れたかまで確かめなければ、平和は人を救わない。
彼は王都への報告書の最初に、戦争が終わってから亡くなった五人の名前を書いた。
次の欄には、配給が最後に届いた日を記した。
空白だった。
「この空白を埋めるまでは、終戦の報告だけで済ませない」
エリクは使者を二人呼び、一人を倉庫へ、もう一人を村へ走らせた。




