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飢えた王国 ~麦を奪って生き延びた俺は、誰も麦を奪わなくていい国を作る~  作者: レモンティー


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第七十八話 収穫された麦は、王国全土を救うには足りなかった

最後の戦いから一週間。

アルト村の収穫が終わった。

倉庫には麦袋が積まれた。

農民たちは笑い、泣き、袋に手を当てた。

だが、帳簿を閉じたエリクは笑えなかった。

「種麦として残す分、村の冬の食料、王都へ送る分、輸送中の損失……」

書記が計算をやり直す。

「全部を足しても、必要な量に届きません」

倉庫の前に村の代表が集まった。

「俺たちが守った麦だ。まず俺たちが食うべきだろう!」

「王都へ送れば、ここで子供が死ぬ!」

別の女が声を上げた。

「王都にも子供がいるんだよ!」

エリクは床に三つの円を描いた。

「今食べる分。春に蒔く分。ほかの村へ届ける分です」

「種なんか食べちまえ!」

「そうしたら来年は何を蒔くんですか」

「じゃあ、今死ねと言うのか!」

答えられなかった。

パン屋の主人が配給表を見て言った。

「病人に多く渡すのは分かる。だが、畑で働く者が倒れたら、来年の種を蒔く人間がいなくなるぞ」

母親は子供を抱き直した。

「この子の分を減らせっていうの?」

誰も間違っていなかった。

だからこそ、話し合いは苦しかった。

エリクは新しい欄を書き足した。

乳幼児、病人、妊婦、重労働に就く者。

必要量は同じではない。

麦の山を見れば豊かに見える。

だが種に回す分、冬を越す分、遠くへ運ぶ分を分けると、誰の取り分も簡単には決められなかった。

「三日間、試験的に配給します。体調を記録して、村の代表と配給係で見直します。僕の一存では決めません」

「不足している数字も貼るのか」と役人が尋ねた。

「貼ります。隠したところで、最後には分かります」

そのとき、王都からユリウスが到着した。

「全国の収穫見込みが出た。平年の四割ほどだ」

「去年よりは増えましたね」

「だが、数百万の民を十分に養うには足りん」

倉庫の歓声が遠く感じられた。

村長ハインツは種麦の袋の前に立った。

「鍵を二つ作ろう。一つは俺が持つ。もう一つは配給係に預ける。腹が減れば、俺だって開けたくなる」

笑う者はいなかった。

その晩、村人たちは収穫祭のために取っておいた麦の一部を、遠くの避難所へ送ることにした。

全員が賛成したわけではない。

送り出す荷車を、泣きながら見送る女もいた。

エリクはその涙を見た。

復興とは、十分なものを分け合うことではない。

足りないと知りながら、それでも誰を見捨てないかを決め続けることだった。

その夜、ドランは輸送係を三人呼び、街道の地図を広げた。

「麦が足りない村へ、ある村から運べばいい。そう言うのは簡単だ」

彼は川の渡し場に石を置いた。

「だが橋は壊れ、馬は痩せている。荷車一台に積める量も、帰りの飼葉も限られる」

クリスが帳簿を指した。

「では、遠い村から先に送るの?」

「腐る前に届けられるものを先に送る。だが、病人の多い村は待てない」

二人は黙って地図を見た。

やがてクリスが提案した。

「全部を同じ日に運ぶのをやめよう。村ごとに受け取りの日を決めて、食堂ではその予定を知らせる。届かなければ、その日のうちに隣村の備蓄を借りる」

ドランは頷いた。

「借りた分を返す記録も必要だ。善意だけでは、二度目の冬に争いになる」

夜明けまでに、輸送予定と代替の倉庫を記した板ができた。

板には空欄も残った。

そこを埋める仕事が、明日からの戦いだった。

二日後、最初の輸送隊が帰ってきた。

荷車は一台足りず、予定していた麦の三分の一が届いていなかった。

「盗まれたのか」と村長が詰め寄った。

ドランは泥だらけの靴で地図を広げた。

「橋が落ちた。迂回路では馬が倒れる。積み荷を途中の共同倉へ移した。鍵は現地の村長と輸送係が一つずつ持っている」

ドランは各地の収穫と輸送の見込みを、一枚の板に書き並べた。

「アルト村の倉に麦があっても、山向こうの村へ届くのは十日後だ。途中で橋が落ちれば二十日になる」収穫量と配給可能量は同じではない。

エリクはその違いを、広場に集まった全員の前で説明した。

村の代表たちは、種麦を鍵の掛かった別倉へ移し、残る食料を三つの地区へ分けて送ることを決めた。

最も遠い地区へは保存しやすい乾燥麦を優先する。

近い地区には傷みやすい豆と根菜を回す。

反対した農民は最後まで黙らなかったが、ドランは荷車の先頭に立った。

「帰って来たら、空袋まで数えろ。途中で消えた麦は俺の責任だ」彼の言葉に、帳簿を持つ若者が一人同行を申し出た。

「それでは、飢えた村は今夜どうする!」

クリスは配送予定の板を裏返した。

そこには受け取った側が記す欄があったが、まだ空白だった。

「輸送中の損失をゼロにしろ、と命じますか」

ドランの問いに、エリクは首を横に振った。

「ゼロと書かせたら、途中で食べた子供の名前まで消える」

「では、どうする」

「壊れた橋は橋として記録する。道中の配給は配給として記録する。盗まれたなら盗まれたと書く」

ドランは笑わなかった。

「正しい帳簿は、見たくない数字ばかり増えるな」

「だから必要なんです。足りない場所に、次の荷車を向けられる」

「送った数だけじゃ駄目なのね。届いた数と、食べられた数まで確かめないと」

エリクは王都への報告に、収穫量ではなく実際の配給到達量を併記するよう命じた。

良い数字を作るためではない。

足りない場所を隠さないためだった。

その晩、共同倉庫の帳簿に三つの数字が並んだ。

収穫された麦、発送された麦、村に届いた麦。

「どれも違う」

クリスが言った。

ドランは地図に印を付けた。

「橋が壊れた地点で十二台が止まった。山道で二台の車輪が折れた。残りは途中の村で病人に配った」

「途中で配った分を盗難として扱うのか」

エリクが尋ねると、ドランは首を横に振った。

「いや。受取人を記録する。責めるためじゃない。そこにも飢えた人がいると知るためだ」

遠い村から使者が到着した。

「帳簿には発送済みとあります。ですが、うちの子供たちは三日間、麦を見ていません」

エリクは板の『発送済み』を消させなかった。

その隣に『未着』と大きく書き加えた。

「届いたことにして安心するのが、一番危ない」

ドランは橋を直す職人を手配し、クリスは近い倉庫から先に豆を回した。

一週間後、使者が戻った。

「届きました。約束の半分ですが、確かに届きました」

エリクは次の欄を見た。

受領の印がない村が三つあった。

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