第六話 死体を埋めれば、麦を一杯もらえた
翌朝、エリクは城門の掲示板で張り紙を見つけた。
『死体運搬人募集。
一日、麦一杯』
麦一杯。
クリスに温かい粥を食べさせられる。
そう思った瞬間、仕事の名前が目に入った。
城壁の外には、荷車が三台と、布をかけられた亡骸が何十体も並んでいた。
「今日の分だ」
監督官の男が言った。
「昨日はもっと多かった。嫌なら帰れ」
エリクは帰らなかった。
隣で荷車を押していた老人は、ハルムと名乗った。
昔は靴職人だったという。
「靴を作る手は、今じゃ靴を履いたままの子供を運んでいる」
ハルムは乾いた声で笑った。
午前中だけで、エリクの腕は震え始めた。
運ぶ者には名前がなかった。
帳簿には「男」「女」「子供」とだけ記されている。
「名前も書かないんですか」
エリクが尋ねると、監督官は筆を止めた。
「聞いて回る時間がない」
「でも、家族が探しに来たら」
「探しに来る家族が残っていればな」
昼過ぎ、小さな少女を抱き上げた。
クリスより幼い。
手には片腕だけ色の違う木彫りの人形が握られていた。
壊れた腕を誰かが直したのだろう。
エリクは人形を外そうとしたが、固く握られた指がほどけない。
「持たせてやれ」
ハルムが言った。
「せめて、あの世へ一緒に行かせてやろう」
穴を埋める直前、エリクは少女の靴に縫いつけられた小さな花の印を見つけた。
「花の印の靴を履いた女の子、と書いてください」
監督官は顔をしかめた。
墓穴を掘る手が止まるたび、残された者の空腹が思い出された。
死者を弔う時間さえ食料と交換される現実を、誰も当然とは呼べなかった。
「そんなことをしていたら日が暮れる」
「もう暮れかけています。明日、誰かが捜しに来るかもしれない」
監督官はしばらく黙り、帳簿の余白に小さく書き込んだ。
夕方、報酬の麦が配られた。
エリクは椀を受け取ったが、ハルムの姿がない。
老人は荷車の陰で倒れていた。
呼びかけても返事はなかった。
「明日の運搬に回せ」
監督官の声がした。
「今朝まで、一緒に働いていた人ですよ」
「分かっている」
「名前はハルムです。靴職人だったんです」
監督官は疲れた目でエリクを見た。
「名前を覚えたら、明日もここに来られるか?」
エリクは答えられなかった。
少女の人形を握った指と、母の冷たくなった手が重なった。
母が死んだ朝、自分も名前を呼び続けた。
誰にも聞こえなかったあの声を、今度は他人のものだからと消したくなかった。
それでも、帳簿の余白にハルムの名前を書いてもらった。
帰宅すると、クリスは麦粥を見て笑った。
「お兄ちゃん、今日はごちそうだね。何のお仕事だったの?」
「……人を運んだ」
「旅人さん?」
エリクは椀の湯気を見つめた。
「……もう帰れない人たちだ」
クリスは匙を止めた。
エリクは嘘を重ねる代わりに、今日、名前を記した人たちのことを少しだけ話した。
クリスが眠ったあと、エリクは空の椀を洗った。
指の間に入り込んだ土が、何度こすっても落ちなかった。
明日も麦が要る。
エリクは麦袋の端を裂き、木炭で「ハルム」と書いた。
その下に、名の分からない少女の花の印と、墓地の場所も記す。
字は歪んだ。
土で荒れた指が痛んだ。
それでも書き終えるまで、手を止めなかった。
翌朝、あの少女を捜す家族が来たら、花の印の靴のことを伝えよう。
誰も来なければ、自分が覚えていよう。
ハルムの名前も、少女の靴も。
それが一杯の麦のために働いた自分に、今できる唯一のことだった。




