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飢えた王国 ~麦を奪って生き延びた俺は、誰も麦を奪わなくていい国を作る~  作者: レモンティー


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第五十四話 十万の敵兵に麦を配れば、味方が飢える

北部国境、グランディア平原。

十万のヴァルシア軍と、二万のアルディア王国軍が向かい合っていた。

両軍の間には三百歩ほどの空き地があり、その中央に交渉用の天幕が立てられていた。

エリクは天幕へ向かう前に、味方の配給係に呼び止められた。

「三日分です」

配給係は帳簿を差し出した。

「今の人数で、麦粥を薄めて三日。敵兵に一椀ずつ配れば、こちらの一日分が消えます」

カールが顔をしかめた。

「その数字を将軍に見せれば、弱みを知られる」

「隠して、渡せない麦を約束する方が危険です」

エリクは帳簿を閉じた。

炊事場の前では、負傷した味方の兵士が椀を待っていた。

隣の天幕では避難民の子供が眠っている。

敵を救うために、彼らの分を奪うことはできない。

「最初に味方の三日分を確保します。交渉に使えるのは、輸送隊が今夜運ぶ予定の予備分だけです」

「届かなかったら?」

「そのときは配れません。そこまで含めて伝えます」

天幕の外では、味方の炊事係が空の椀を並べていた。

敵の将軍に渡す麦を決めるたび、その列の誰かの分が消える。

エリクは交渉用の紙に三つの欄を引いた。

今夜食べる人数、明日移動する人数、帰郷できない人数。

ハインリヒは紙を見て苦笑した。

「降伏の条件が、鍋の数とはな」

エリクは答えた。

「鍋を数えずに結んだ和平は、明日破れます」

天幕の入口で、ガルムが低く言った。

「十万人を前にして、少ししか出せないと告げるのか」

「はい。嘘をついたら、明日戦争になります」

敵軍の総司令官ハインリヒ・フォン・グラードが入ってきた。

五十二歳。

数々の戦場を生き抜いた老将の頬は、兵士たちと同じように痩せていた。

「お前が交渉を求めた少年か」

「エリクです」

「いくつだ」

「十七歳です」

ハインリヒは短く笑った。

「私の孫ほどだ。それで、十万の軍をどう止める?」

「まず、今日の戦いを止めてください」

「食料を出すのか」

「負傷者へ届ける分なら、少しだけ。ただし十万人分はありません」

分ければ味方の鍋が空になる。

断れば敵の兵が村を襲う。

エリクは双方の人数を紙に書き、きれいな言葉では埋まらない差を見つめた。

ハインリヒの目が険しくなった。

「敵軍に施しを受けろと?」

「違います。戦えば、双方の麦畑が踏み荒らされます。生き残っても、次の冬に飢えます」

エリクは地図を広げた。

国境沿いの荒れ地、放棄された村、壊れた水路を指す。

「武器を置いて、ここを耕してほしいんです」

「十万の兵士に鍬を持たせるのか」

「徴兵される前、畑で働いていた人は何人いますか」

老将は答えなかった。

軍の多くは農民だった。

畑を捨て、家族を残して戦場へ来た男たちだ。

「耕す間の食料はどうする」

「全員を一度に養うことはできません。まず停戦して、部隊ごとに武器を預けてもらう。帰郷できる者は帰す。残る者は水路と畑の整備を手伝い、食料は両国の在庫と今後の輸送量を公開して分けます」

「約束を破ったら?」

「こちらも、あなた方も、また飢えます」

ハインリヒは地図を見下ろした。

外では十万の兵士が待っている。

敵国の麦を奪えば今日を生きられるかもしれない。

しかし、奪った麦が尽きれば、また進軍するしかない。

「……明日の朝まで、攻撃を止めよう」

エリクは顔を上げた。

「ただし、降伏ではない。兵站担当者を呼び、数字を照らし合わせる。それで無理なら交渉は終わりだ」

「分かりました」

天幕を出たエリクは、味方の炊事場へ戻った。

配給係が尋ねる。

「敵には、どれだけ渡すんです」

「まだ決めていません。先に、全員が何日生きられるかを確かめます」

麦一袋を巡る戦争を止めるために、エリクはまず、一袋の重さをごまかさないことから始めた。

「敵に渡す麦はない」とカールは言い切った。

エリクは頷いた。

「無制限には渡せません。でも交渉の場に、空の皿だけは置きたくない」

二人は病人への最低限の食事と、武装解除を条件とする給食を分けて記した。

慈悲を制度にするには、味方が納得できる境界が必要だった。

ハインリヒは、休戦の条件を読んだあと、最後の行で筆を止めた。

「兵を退かせば、私の国の村は冬を越せない」

「こちらの村も同じです」

エリクは答えた。

二人とも正しかった。

だからこそ、どちらかが勝てば終わる戦争ではなかった。

クリスが地図の余白を指した。

「軍を動かす道を、麦を運ぶ道に変えられませんか」

将軍はすぐには頷かなかった。

補給将校を呼び、通行可能な橋と一日の荷車数を調べさせた。

将軍が机に置いた帳簿には、欠けた日付が三つあった。

エリクはそこを指し、まず理由を尋ねた。

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