第四十一話 貴族の地下倉庫から、二万袋の麦が見つかった
「倉庫を調べる許可を、正式にください」
王宮の執務室で、ユリウスは国王アルベルト三世に頭を下げた。
王都では、地方へ種麦五千袋を送るという噂だけで暴動が起きかけていた。
民に配給を減らさないと約束するには、まず本当の備蓄を知らなければならない。
「貴族の私有財産に踏み込めば、反発が出るぞ」
「反発を恐れて調べなければ、次に飢えるのは王都です」
国王はしばらく黙り、検査令に署名した。
「没収の許可ではない。調査と、違反が見つかった場合の一時封印だけだ」
「承知しました」
エリクとカールを伴い、ユリウスはバルガス侯爵の屋敷へ向かった。
石壁の裏には、荷車が何台も入れる地下搬入口があった。
「王族でも、勝手に人の倉庫を開ける権利はない!」
侯爵は門前で怒鳴った。
「だから国王の検査令を持参しました」
ユリウスは文書を示す。
「保管量と出所を確認します。私有の麦なら、その記録も残します」
「出所など、商人から買ったに決まっている!」
「商人の名は」
侯爵は答えなかった。
地下の扉が開くと、湿った冷気が流れ出た。
麦袋が積まれていた。
壁際だけではない。
通路を残して、天井近くまで。
エリクは立ち尽くした。
城門の外で、少年が死んだ妹にパンを渡そうとしていた。
その光景が、目の前の袋の山と重なった。
「数えます。袋の大きさと傷み具合も記録してください」
ユリウスの指示で、管理官と立会人が列ごとに印をつけた。
数時間後、報告が届いた。
「約二万袋。詳細な重量と食用にできる量は、まだ検査が必要です」
「二万袋あれば、すぐ配れるだろう!」
エリクが叫ぶと、カールが首を振った。
「全部が食えるとは限らん。運ぶ荷車も必要だ」
「それでも、門の外で待つ人がいるんです!」
「分かっている。だから急いで確かめる」
侯爵が割って入った。
「私の財産だ。戦争に備えて、私が金を払って蓄えた!」
「その麦が軍から横流しされたものなら、どうなります?」
ユリウスは袋の印を示した。
いくつかに王国軍の補給印が残っている。
隠された麦は、見つかった瞬間から争いの種になった。
誰のものかを問う前に、今夜死にかけている者がいる。
その順番が人々を裂いた。
「古い袋を再利用しただけかもしれん!」
「その可能性も調べます。ですが、統制令で定めた保管量の申告がありません」
侯爵は唇を噛んだ。
「王都を守るための備えだ。私が持っているからこそ、必要なときに売れる」
「必要なときとは、いつですか」
エリクが問う。
「城門の外で人が死んだ日では、遅いんですか」
侯爵は答えず、背を向けた。
ユリウスは倉庫の封印を命じた。
食用にできる麦を確認し、所有権と不正取引の調査を進める。
その間、勝手な搬出は許さない。
「今すぐ配らないのか」
エリクは食い下がった。
「配れば助かる命があります」
「証拠も所有権も無視して奪えば、明日は別の倉庫が隠される。だが、調査を理由に飢えさせてもいけない」
ユリウスは考え、管理官に命じた。
「傷む前に使う必要がある分は、王命による緊急配給の対象として数量と行き先を記録する。所有権の補償は後で審理する」
カールが頷いた。
「記録を残せば、奪ったと言わせずに済む」
その夜、侯爵の使者がユリウスのもとを訪れた。
「帳簿の写しを返していただければ、殿下の領地へ千袋をお送りします」
ユリウスの胸が揺れた。
故郷の村でも子供が飢えている。
「その千袋は、誰の分を減らすのだ」
「殿下の領民が助かるのですよ」
「私の領民だけ助かればいいなら、王族でいる資格はない」
使者が去ると、ユリウスは椅子に座り込んだ。
ユリウスは断った千袋の送り先を、帳簿から消さなかった。
決断の重さを残すためだった。
翌朝、倉庫の封印を破ろうとした者がいたとの報告が届いた。
侯爵はすでに、私兵を集め始めていた。




