↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
飢えた王国 ~麦を奪って生き延びた俺は、誰も麦を奪わなくていい国を作る~  作者: レモンティー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
36/100

第三十六話 王都の貴族たちは、まだ肉を食べていた

王都アルディアの南門から、鐘が三度鳴った。

配給所の列が動き始める合図だった。

仕立て屋の妻マルタは、息子の手を引いて並んだ。

昨夜からここにいたのに、前にはまだ百人近くいる。

貴族の食卓に残された肉を、給仕が黙って片づけた。

城門の外では、同じ量の食べ物で何人が生き延びられるかが議論されている。

エリクは怒りを飲み込み、食料の流れを変える方法を探した。

「母さん、今日はパン?」

「麦粥よ。温かいのがもらえるわ」

嘘ではなかった。

ただ、椀の底が見えるほど薄いことを、息子には言えなかった。

ようやく順番が来たとき、配給係は札を見て首を振った。

「昨日の札だ。今日の印がない」

「夫が病気で、更新の列に行けなかったんです」

「決まりだ。次の人」

息子が泣き出した。

マルタは札を握りしめたまま、列から押し出された。

城壁の外では、さらに多くの人が門の開くのを待っている。

マルタにはその姿すら見えなかった。

城内の自分たちだけで、すでに食べ物が足りなかったからだ。

同じ夜、王宮の大広間には焼いた子羊が運ばれていた。

「南部の葡萄畑が焼けたそうですな」

「困ったことだ。来年の酒が値上がりする」

貴族たちの笑い声が、銀の食器に反射した。

給仕の少女セラは、肉の皿を持つ手を震わせた。

弟は厨房の裏で待っている。

今日、二人が口にしたのは水だけだった。

「こぼすな」

バルガス侯爵が顔をしかめた。

「申し訳ありません」

「給仕のくせに料理を見るな」

セラは目を伏せた。

皿に残った肉を見ていたのは、確かだった。

向かいに座る若い王族が、その手を見た。

ユリウス・フォン・アルディナ。

国王の甥である。

「侯爵、その肉はもう召し上がらないのですか」

「腹いっぱいだ。下げさせろ」

「では、給仕に渡しても?」

「残飯を? 好きにするがいい」

セラは皿を受け取り、涙をこらえた。

「ありがとうございます」

「家族がいるのか」

「弟が一人。父は門の外にいます。入城の許可が下りなくて……」

ユリウスは返す言葉を探した。

残り物を一皿渡しても、父親は門の外にいる。

宴が終わると、彼は厨房へ向かった。

「明日の宴は中止する」

調理長が青ざめた。

「招待客から抗議が来ます」

「私に言わせろ。ただし、料理を減らすだけでは五万人を救えない。厨房と倉庫の帳簿を見せてくれ」

食卓に肉が残っていることより、それを当然とする沈黙がエリクには恐ろしかった。

飢えた者の声が届かない場所で、国は壊れていく。

調理長はためらった。

「厨房の分なら。しかし大倉庫の記録は別です。貴族の私有倉庫も、王宮では把握しておりません」

「誰が管理している?」

「バルガス侯爵家の出入り業者が、多くを扱っています」

ユリウスはその名を記憶した。

翌朝、彼は自ら配給所へ出た。

マルタが札を見せると、係員は同じ説明を繰り返した。

貴族の食卓から漂う肉の匂いを、門外の難民も嗅いでいた。

エリクは怒りを抑え、厨房の納入記録を求めた。

誰が食べたかを責めるだけでは、倉庫から出る麦の流れは変えられない。

「更新がなければ配れません」

「病人が更新に来られないなら、どうする」

ユリウスが尋ねた。

「規則にありません」

「なら、規則を作る。病人と介護者のために、訪問確認の係を置け」

係員は戸惑った。

「その人手も、食料も足りません」

「だから数えるんだ。誰が受け取れず、どこで止まっているか」

マルタは息子を抱き寄せた。

王族が来たからといって、椀の中身は急には増えない。

それでも、初めて自分たちの事情を聞かれた。

ユリウスは城壁を見上げた。

壁の外には五万人以上。

壁の内側では、一枚の札がないだけで食事を失う人がいる。

そして王宮では、食べ残した肉が捨てられる。

「これは、食料がないだけの問題ではない」

ユリウスは皿に残された肉を見た。

食べ残しを集めても王都の飢えは止まらない。

だが、食べ物を捨てる者が配給を命じれば、門の外の人々は決して信じない。

彼は宴席の料理を減らし、厨房の残量を記録させた。

貴族たちは顔をしかめた。

その反応を見て、ユリウスは改革が始まったのだと思った。

彼は帳簿を閉じた。

「誰が持っているのか、調べなければ」

五万人という数字は、城壁の上から眺めるとただの黒い帯に見えた。

だが門の下へ降りれば、五万人には五万人の事情があった。

「水は二日分。鍋は足りません」

ドランが告げた。

エリクは城門を開けるか閉じるかだけでは済まないと悟った。

「病人と乳児を先に。井戸は時間を分けて使う。配給所には村ごとの代表を置く」

「代表が自分の村だけ優先したら?」

クリスが尋ねた。

「別の村の代表と組ませる」

彼女は頷いたが、すぐに言った。

「それでも漏れる人はいる。名前を持たない子のための窓口も作って」

会議が終わるころ、クリスの手元には名簿にない子供の名前が七つ増えていた。

彼女は配給係に渡す前に、もう一度読み上げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。