↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
飢えた王国 ~麦を奪って生き延びた俺は、誰も麦を奪わなくていい国を作る~  作者: レモンティー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
28/100

第二十八話 飢えた軍隊が、最後の命令を拒否した

包囲戦七日目。

ローデン伯爵の本陣には、まだ地図が広げられていた。

「明朝、石橋を総攻撃する。畑を取れば食える」

副官は命令書を受け取った。

だが、署名のために差し出された羽根ペンを握れなかった。

「戦闘可能三千とあります。しかし、この数字は槍を持つ者の数です。自分の足で橋まで歩ける者は、その半分にも届きません」

「臆病者を数に入れるな!」

「臆病ではありません。飢えです」

伯爵は副官の頬を打った。

副官は敬礼した。

命令書を持ったまま、幕舎を出た。

夜、兵営の焚火は弱かった。

鍋にあるのは水だけ。

若い兵士が隣の男の肩を揺さぶっていた。

「交代だ。起きろ」

返事はない。

軍医が男の手首に触れ、静かに首を振った。

「昨日までは歩けたんです」

若い兵士は、空の椀を両手で抱えた。

副官は全隊長を呼んだ。

「伯爵は明朝の突撃を命じた。橋を渡れば、向こうの畑は踏み荒らされる。仮に勝っても、今夜の食料はない」

一人の隊長が立ち上がった。

「命令に逆らえば処刑です」

「分かっている」

「あなた一人が処刑されれば済む話でもない」

副官は黙った。

隊長の言うとおりだった。

命令拒否の知らせが領地に届けば、兵士の家族が罰せられるかもしれない。

「名前は伏せられませんか」と別の隊長が言った。

「名を隠しても、槍を持たなかった事実は隠せない」

副官は命令書を焚火に近づけたが、燃やさなかった。

伯爵の命令が何だったかを残さなければ、後で兵士だけが罪を負わされる。

「命令書は私が預かる。家族に手を出すなと、伯爵にも書面で要求する」

兵士たちの家族も、領主の支配する村に残っている。

そのとき、先ほどの若い兵士が口を開いた。

「俺の弟は農夫です。畑を奪えば食えると言われました。でも、踏み潰した麦は誰が育て直すんですか」

「黙れ!」

隊長の叱声にも、兵士は座らなかった。

「俺は明日、橋へ行きません。仲間を埋める穴なら掘れます」

長い沈黙のあと、別の兵士が槍を横に置いた。

また一人。

副官はその人数を数えた。

百人、三百人、千人。

「拒否した隊の人数と、私が拒否を命じたことを記録する。兵一人ずつを差し出すつもりはない。処罰するなら、最初に私を裁け」

「副官殿、それでは……」

「命令を守ることと、兵を死なせることが同じになったら、私は何のために指揮官になったのか分からない」

夜明け。

突撃の太鼓は鳴らなかった。

伯爵は幕舎から飛び出し、空いた隊列を見た。

「裏切り者を捕らえろ!」

衛兵たちは動かなかった。

槍を支えに立つ者さえいた。

「処刑しろ!」

「誰が執行するのですか」

副官が尋ねた。

「全員を殺せと言うのですか。明日の戦争をする兵も、明後日の畑を耕す人間も、残らなくなります」

伯爵は口を開き、閉じた。

遠くの石橋には朝日が差していた。

攻め落とせなかった橋の向こうで、農民が畑へ向かう小さな姿が見える。

「……俺は負けたのか」

「石橋には負けていません。兵を食わせられなかったのです」

伯爵は机の上の作戦図を見た。

橋の幅と敵の人数は書かれていたが、自軍の鍋に入る麦の量はどこにも書かれていなかった。

副官は一枚の白布を差し出した。

「降伏の使者を出しましょう。負傷者に水をもらえるよう、私が交渉します」

白布を結んだ兵士は、敵陣へ向かう前に自分の水筒を確かめた。

空だった。

それでも水を求めて前進するのではなく、撃たれないよう両手を上げて歩いた。

伯爵は白布を見つめた。

それから、ゆっくりと剣を机に置いた。

炊事係が空の鍋を洗い、白布の使者が戻る方角を見ていた。

勝敗の知らせより先に、明日の食事の知らせを待っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。