第二十七話 敵軍から、百人の脱走兵がやってきた
包囲戦六日目。
アルト村の石橋に、白い布を掲げた百人ほどの兵士が現れた。
武器は持っていない。
先頭の男は足を引きずり、後ろの少年は仲間に肩を借りていた。
「食料を……分けてくれ」
カールは橋の障害物を開けなかった。
「罠かもしれない。百人を入れれば、見張りも配給も必要になる」
エリクは頷いた。
村では今朝、粥を薄めたばかりだった。
「全員を一度に入れないでください。十人ずつ武器の有無を調べて、負傷者から救護所へ」
「食わせるのか」
「はい。ただし、村の子供の分を先に確保します」
広場へ連れてきた脱走兵たちに、薄い粥が配られた。
配給係の女が、鍋の底を見せた。
「これで今夜の分は終わり。明日から、うちの子の椀も小さくなる」
エリクは椀を持つ手を止めた。
「帳簿に記します。誰が何人分を受け取ったか、隠しません」
「数字を書けば麦が湧くのかい」
「湧きません。だから、働ける人には水路と畑の修理を手伝ってもらいます」
脱走兵の先頭の男が顔を上げた。
「ヨハンだ。俺たちに鍬を持たせるのか」
「剣は預かります。仕事をするか、故郷へ帰るかは選べます」
「帰る道で死ぬ奴もいる」
「それも分かっています」
エリクの答えに、ヨハンは何も言わなかった。
名簿を取っていたカールが、同じ名字を二つ見つけた。
「兄弟か」
「下の名前は弟のだ」
ヨハンは目を伏せた。
脱走兵が求めたのは勲章でも赦免でもなく、一杯の食事だった。
エリクはその願いを聞きながら、受け入れる側の鍋も空に近いと知っていた。
「昨夜死んだ。俺だけここに来たら、あいつが最初からいなかったことになりそうでな」
エリクは二つの名前を消さずに残した。
「亡くなった人の名も、記録します」
十五歳ほどの少年は粥に口をつけなかった。
「毒かもしれない」
エリクが自分の椀から一口飲んでも、少年の手は震えた。
ようやく匙を口に運ぶまで、誰も急かさなかった。
「伯爵の軍には、まだ四千人以上いる」
ヨハンが言った。
「麦はない。馬もほとんど残っていない」
「次は何を食べるつもりなんですか」
「誰にも分からない。だから俺たちは逃げた」
エリクは橋の向こうを見た。
百人を救ったことで、村の食料は確実に減った。
だが、向こう岸にはまだ数千人がいた。
百人の脱走兵のなかに、敵軍の倉庫番がいた。
「命令された通りに麦を量っただけです」と男は言った。
クリスは彼の帳面を開いた。
数字の下に、細い字で村の名が並んでいた。
「これは?」
「配給を止められた村です。忘れないように書いていました」
「止められると知っていて、何もしなかったの?」
男はうつむいた。
「逆らえば私の子も飢えます」
クリスは帳面を返した。
「じゃあ今度は、止められた村へ届ける仕事をしてください。知っている人にしか分からない道があるでしょう」
男は初めて自分から地図を広げた。
地図の端には、かつて自分が食料を奪った村の名があった。
その夜、村人たちの前で、エリクは受け入れた人数と使った麦を報告した。
怒りの声も上がった。
それでも翌朝、ヨハンたちは水路の修理に加わった。
最初に鍬を渡したのは、昨日エリクを責めた配給係の女だった。
「壊した分まで働いてもらうよ」
「……ああ」
二人は笑わなかった。
ただ、同じ泥の中に立った。




