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飢えた王国 ~麦を奪って生き延びた俺は、誰も麦を奪わなくていい国を作る~  作者: レモンティー


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第二十六話 飢えた兵士が、仲間の馬を殺した

包囲戦五日目。

ローデン軍の炊事場では、空の鍋が火にかけられていた。

騎兵隊長マルクは厩舎の前で足を止めた。

十年連れ添った栗毛の軍馬、アスターがいない。

「馬番。アスターはどうした」

「……歩兵が、昨夜」

答えを聞き終える前に、肉を煮る匂いが鼻を刺した。

野営地の片隅で兵士が鍋を囲んでいた。

革紐の切れ端が泥の上に落ちている。

マルク自身が馬の首に結んだものだった。

「誰が殺した!」

剣を抜くと、若い兵士が立ち上がった。

「俺です」

「馬がなければ偵察も伝令もできん。お前は軍を殺したんだぞ!」

「隊長の馬がいなければ、俺の弟が死なずに済んだかもしれない」

鍋のそばには若い歩兵がいた。

彼は肉を口に運べず、膝の上で手を震わせていた。

「昨日、あの馬に水をやりました」

マルクは怒鳴ろうとして、男の痩せた頬を見た。

馬を殺した者を罰すれば規律は守れる。

だが空腹のままでは、次の馬も奪われる。

彼は剣の柄から手を離し、まず炊事係に残りの人数を尋ねた。

兵士は鍋を見つめた。

「昨日、弟が死にました。三日間、水しか飲んでいなかった。今朝、俺が食う肉が一日早くあれば……」

マルクの剣先が震えた。

アスターは彼を何度も戦場から連れ帰った。

弟を失った兵士にとっても、その馬は命をつなぐ最後の食料だった。

「なぜ俺に言わなかった」

「言えば、分けてくれましたか」

答えられなかった。

兵士の一人が鍋から肉をすくい、隣に座る老人兵へ渡した。

老人兵は礼も言わず、震える手で食べた。

マルクは剣を鞘に戻した。

「馬を殺した者は記録する。だが今夜、処刑はしない」

「隊長……」

「その代わり、残った馬には手を出すな。負傷者を運べなくなる」

馬を失えば軍は進めなくなる。

馬を食べれば今日を越えられる。

兵士たちは、生き延びるために明日の力を削っていた。

彼は自分の食糧袋を開いた。

底に残っていた干し豆を鍋へ落とす。

たった一握りだった。

マルクは空になった厩舎の扉を閉めた。

馬を失った怒りは消えない。

それでも鍋を囲む兵士の骨ばった頬を見れば、剣を振り下ろせなかった。

「次に食われるのは何だ」

誰も答えなかった。

翌朝、ローデン伯爵は怒鳴った。

「五百騎が二百騎になっただと! 犯人を処刑しろ!」

マルクは伯爵の前に立った。

「処刑するなら私からです。馬を守る餌も、兵を守る麦も与えられなかったのは、指揮官の責任です」

「反抗する気か」

「違います。今ならまだ撤退できます。明日になれば、兵は命令を聞く体力すら失います」

馬の骨が転がる野営地で、兵士は手を洗う水さえ惜しんでいた。

伯爵は補給表を読み返した。

食料が尽きた日付には、数日前から赤い印がついていた。

「なぜ報告しなかった」と怒鳴りかけ、言葉を飲み込む。

報告は届いていた。

見なかったのは自分だった。

撤退を命じるなら、まずその責任を引き受けなければならない。

伯爵は地図に目を落とした。

飼葉桶の底には、馬が食べ残した干し草が少しだけあった。

兵士の一人はそれを見つめ、馬の名を口にした。

食料になったのは肉だけではなかった。

軍が明日進むための足も失われた。

敵の陣ではなく、自軍の補給路を初めて長く見つめた。

軍馬を失った軍隊は、追撃する力を失った。

マルクは馬の名を呼びかけて、言葉を飲み込んだ。

十年、戦場で自分を運んだ生き物の肉が鍋で煮えている。

若い歩兵が椀を差し出した。

「隊長も食べてください。俺だけが食べたことにしないでください」

マルクは椀を受け取れなかった。

だが兵士を斬ることもできなかった。

「明日、残った馬の数を数える。人間の飯と同じようにな」

その声は怒鳴り声より小さかった。

翌朝、マルクは馬を殺した歩兵の名を確かめた。

十九歳だった。

「なぜ俺に言わなかった」

「言えば、止められると思いました。隣の天幕で弟が熱を出していたんです」

マルクは処罰を書きかけた紙を伏せた。

許したわけではない。

軍馬を失えば斥候が遅れ、別の兵が死ぬ。

それでも、弟のために鍋を火にかけた男だけを責めれば、空の倉庫は何も変わらない。

「今夜の配給がないなら、先に報告しろ。馬を殺す前に、俺に選ばせろ」

兵士たちは鞍のない地面に座り込み、明日の配給が何になるかを聞きたがった。

答えられる者はいなかった。

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