第二十五話 食料が尽きた軍隊は、味方の村を襲った
ローデン軍の野営地。
包囲戦三日目の朝、炊事係は空の鍋を逆さにした。
「今日の粥は?」
「ない。麦は昨夜で尽きた」
兵士たちは革袋を煮た。
馬の飼料まで食べた。
誰も、明日の話をしなくなった。
四日目、ローデン伯爵は副官を呼んだ。
「南の村から食料を集めろ」
「そこは伯爵様の領地です。村の種麦を奪えば、春に蒔くものがなくなります」
「春まで兵が生きていられなければ、何の意味がある!」
副官は答えなかった。
代わりに徴発する村の名前を帳面に書き、その横へ「来春の作付け不能」と記した。
命令に従った証拠と、命令が生む損失の証拠を、同じ紙に残したかった。
伯爵が机を叩くと、副官は口を閉じた。
トビアは村の門を叩く前に、母親から届いた古い手紙を思い出した。
『今年は種を残せそうだ』
目の前の村でも、同じ言葉を誰かが書いているはずだった。
副官は徴発票を差し出したが、村長は署名しない。
「来年の麦を持っていくなら、来年の兵糧はどこから来る」
兵士たちは答えられず、命令書だけが風に揺れた。
味方の旗を掲げた兵士が、味方の村の扉を蹴破った。
村人には旗の色など関係がない。
エリクは誰が命令したのかだけでなく、なぜその部隊の配給が途絶えたのかを確かめようとした。
南の村へ向かった兵士は三百人。
その一人、トビアは以前、この村で冬を越したことがあった。
村の老婆に温かい粥を分けてもらった夜を覚えている。
だが、到着した村に人影はなかった。
家々は空で、家畜もいない。
床下にも屋根裏にも麦は残っていなかった。
「逃げたのか」
隊長が井戸の脇に立つ木札を見つけた。
『春に戻って畑を耕すため、村人は避難しました。
どうか家を焼かないでください』
トビアは老婆の家を探した。
戸口に、あの冬に見た欠けた木椀だけが残っていた。
「何か見つけたか」
「……いいえ」
彼は椀を元の場所へ置いた。
徴発票に署名を迫られた村長は、種麦の袋を一つだけ開けた。
「これを食べれば、今夜は助かる。蒔けなければ、春に死ぬ」
副官はその場で返事をせず、命令書の余白に袋の数を書き込んだ。
味方の村を襲った兵士にも、空腹の理由はあった。
だからといって奪われる側の苦しみは消えない。
その二つをエリクは同時に見た。
トビアは倒れた将校の剣を拾わなかった。
仲間を斬った刃で、次は誰を守れるというのか。
倉庫の前に集まった兵士たちは、誰も勝者の顔をしていなかった。
「俺たちが守るはずだった村は、もう空です」
その声が広がると、槍を下ろす者が一人、また一人と増えた。
若い兵士が腹を押さえて叫んだ。
「なら家を壊して探せ! 隠しているかもしれない!」
隊長は剣の柄に手をかけた。
「壊しても麦は出ない。焼けば、春に戻る場所まで失わせる」
「俺たちが先に死んだらどうする!」
隊長は答えられなかった。
空腹は命令では消えない。
それでも彼は言った。
「帰るぞ。ここには何もない」
野営地へ戻ると、将校の天幕の前に兵士が集まっていた。
「麦を出せ!」
「伯爵は食っているんだろう!」
食料倉庫の扉は破られた。
しかし、中は空だった。
押し合いになり、将校が剣を抜く。
先頭にいた兵士が倒れた。
その血を見たとき、トビアは井戸端の木札を思い出した。
守るはずの領地には何も残らず、守るはずの軍では仲間が斬られている。
彼は握っていた槍を地面に置いた。
一人、また一人と、兵士がそれに続いた。
ローデン軍は、敵に敗れる前に内側から崩れ始めていた。
夜、クリスは配給札の束を数え直した。
二度並んだ名前が三つ、どこにも載っていない名前が五つ。
「お兄ちゃん。並んでいる人の数と、札の数が違う」
エリクは疲れた目をこすった。
「明日、確かめよう」
「明日じゃ、今日の分を食べられない子がいる」
クリスは門の外へ出た。
名を尋ね、一人ずつ書き直す。
エリクは呼び止めようとして口を閉じた。
クリスが集めた名前を、今度は自分が配給表に書き込む番だった。




