第二十一話 敵兵に麦粥を配ったら、五百人が泣いた
戦いの翌朝、アルト村の広場には、武器を取り上げられた五百人の敗残兵が座っていた。
村人たちは彼らを取り囲んだ。
縄で縛られていないのは、逃げても食べるものがないからだった。
「兄を殺した連中だぞ」
炊事場で、農民の一人がエリクに詰め寄った。
「こいつらに麦を食わせるなら、うちの子に食わせろ」
「村の子供と負傷者の分は、先に確保します」
「そのあとで敵兵に配れば、明日の分が減るだろう」
「減ります」
エリクはごまかさなかった。
炊事係と倉庫番を呼び、残りの麦を調べた。
村の配給を維持したうえで、捕虜に薄い粥を一杯ずつ出す。
使う麦の量を広場の板に書き、異議のある者にも数字を見せた。
「俺は賛成していない」
農民は言った。
「それでも、鍋をひっくり返すことはしない」
湯気の立つ椀が、五百人の前に置かれた。
「毒か?」
敵将ドランが尋ねた。
エリクは同じ鍋から粥をすくい、一口飲んだ。
「麦は少ないですが、温かいです」
最初に椀を取った若い兵士は、ひと匙すすったまま動かなくなった。
「……温かい」
涙が椀に落ちた。
泣かない兵士もいた。
亡くなった仲間の名前を呼ぶ者もいた。
それでも誰も椀を突き返さなかった。
ドランが口を開いた。
「俺たちは、お前の村を襲った」
「知っています」
「なぜ食わせる」
「あなたたちが死んでも、麦は増えません」
「では、何を望む」
「畑を守る仕事をしてほしい。麦を奪う兵士ではなく、麦を育てる人を守る兵士になってください」
粥を受け取った兵士の手は、敵だったときと同じ手だった。
エリクはその手を見て、戦いを終えるとは何を終わらせることなのか考えた。
ドランはしばらく答えなかった。
「村人が俺たちを許すと思うか」
「すぐには許しません。俺だって、簡単に許せるとは言えない」
エリクは広場を見た。
家族を失った農民たちが、敵兵の椀を見つめている。
「だから、同じ配給を受けて、同じ仕事をしてください。働いたことも、問題を起こしたことも記録します」
一晩考える時間を与えた。
翌朝、三百人が残ると申し出た。
残る二百人は故郷へ帰ることを選んだ。
帰還する者には、道中で煮られる少量の麦と、村を襲わないことを記した通行証を渡した。
包帯を巻いた若い兵士が袋を握った。
「弟が待っている。生きていれば」
「無事に帰れるといいですね」
「……敵だった俺に?」
「弟さんは、ここで戦っていません」
兵士は頭を下げて去った。
広場に残ったドランは、鍬を持ち上げた。
「剣より重いな」
「慣れるまで時間がかかります」
「慣れるまで、ここにいていいのか」
エリクは倉庫へ目を向けた。
今日配った麦の分だけ、残りは確かに減っている。
「明日の仕事と、明日の食事を、一緒に考えましょう」
村の女が一人、列の前へ出た。
焼けた家から持ち出した子供の上着を抱えていた。
「働けば、それで済むのかい」
ドランは鍬を下ろした。
「済まない」
「じゃあ、その子の名前を覚えておくれ。あんたたちが壊した家の子だ」
女は上着を胸に押し当て、名前を告げた。
ドランは復唱し、カールに頼んで名簿の余白へ書きつけた。
エリクは何も言わなかった。
粥を配ることは、奪われたものを返すことではない。
だが、奪った事実を消さずに生き直す仕事は、ここから始められる。
広場の片隅で、ガルムは木匙を握ったまま立ち尽くしていた。
捕虜の一人が、自分の村を焼いた部隊にいたと知ったのだ。
「俺には、あいつに食わせる理由がない」
エリクは答えず、自分の椀を半分差し出した。
ガルムは受け取らなかった。
やがて鍋の前へ歩き、捕虜の椀に粥を注いだ。
「許したわけじゃない」
「……分かっている」と男は言った。
ガルムは振り向かなかった。
だが、空になった椀を取り上げ、次の一杯をよそった。




