第十八話 一日二食のために、三千人が兵士になった
ベルンの広場には、三千人が並んでいた。
老人、痩せた農民、片腕の元兵士、子を背負った母親。
軍服の揃った者など、ほとんどいない。
「一日二食、出るんだな?」
志願者の列には、戦うためでなく二度の食事のために来た者がいた。
エリクは名簿の職業欄を消させなかった。
鍛冶屋も農夫も、戦争が終われば元の仕事へ戻らなければならない。
列の先頭で青年が尋ねた。
名はニル。
故郷に妹を残してきたという。
「出せるようにします」
エリクが答えると、ニルは眉をひそめた。
「募集札には『目標』と書いてあった。食えないなら帰る」
「帰る先で、食べられますか」
「……食べられないから来たんだよ」
エリクはその言葉を忘れまいとした。
志願という形を取っていても、選べる道がほとんどない者たちだ。
配給所では薄い麦粥が渡された。
ニルは半分を布に包んだ。
「持ち出しは禁止だ」
見張りに止められ、ニルが怒鳴った。
「妹が待ってる! 俺一人が食って何になる!」
周囲でも声が上がった。
「家族の分はないのか」
「俺たちを働かせて、家族は見殺しか」
エリクは粥の椀を受け取り、ニルに返した。
「今日の分は持って帰ってください。ただし全員に同じことを認めれば、明日からの配給は減ります。家族の人数を登録して、別の支援方法を考えます」
カールが小声で言った。
「約束を増やすな。食料は増えない」
「分かっています。でも家族を切り捨てて戦わせれば、私たちは何を守る軍隊なんですか」
翌朝、カールは麦袋を一つ広場に置いた。
「一袋で、何人が何日食えると思う」
「百人で十日」「五十人で一か月」
答えはばらばらだった。
カールは袋を開け、計量椀ですくって見せた。
配給の一回分を三千人に配れば、袋はいくつも消える。
しかも一日二回。
兵士の食事だけではない。
調理する薪も、運ぶ人手もいる。
「ベルンの備蓄三千袋は、街の住民の冬の命綱だ」
カールが言った。
「お前たちに全部回すわけにはいかない」
「二食くれると言ったじゃないか!」
「今ここで食えると言ったのは誰だ!」
怒号が飛び交った。
石を握る者もいた。
エリクは台の上に立った。
「私も妹に食べさせたくてここにいます。食べ物のために来たことを、恥じる必要はありません」
人々が少し静かになった。
「ですが、三千人全員を槍の訓練に回せば、麦は減るだけです。今日から隊を分けます。防衛に必要な者、畑へ戻る者、道を直す者、食料を運ぶ者。どれも同じ隊員です」
「畑に戻ったら、二食はどうなる」
食事の約束は、兵士を集めるには十分だった。
だが明日も同じ約束を守れるのか。
エリクは鍋の底を見て、勝利より先のことを考えた。
「同じ量を約束できるか、今は分かりません。だから備蓄と配給量を毎日公開します。足りなくなったら、まず私たちの前で数字を示します」
誰も拍手しなかった。
代わりに、列の後ろから女が声を上げた。
「私は畑を耕せる。でも子供を預ける場所がない」
「共同の炊事場の隣に、子供を見守る場所を作りましょう」
「俺は鍛冶屋だ」
「農具をお願いします」
「足を痛めて走れない」
二食を約束されて集まった三千人の前で、炊事係が鍋の底を見せた。
「三千人分を毎日作るには、三千人分の麦がいる」
エリクは兵の数を誇るより先に、配給簿を作る必要を悟った。
「種麦の選別を」
仕事の申告が始まった。
兵士を数えるための名簿が、暮らしを立て直すための名簿に変わっていった。
その日の夕方、ニルがエリクを訪ねた。
「妹の名前、書いていいのか」
「もちろんです」
「……俺、兵士になるのが怖いんだ。人を殺したことがない」
「俺も怖いです」
エリクは正直に答えた。
「怖くなくなることを目指すんじゃない。人を殺さずに済む方法を、最後まで探します」
ニルは名簿に妹の名を書いた。
字が下手で、何度も書き直した。
夜、カールが地図を持ってきた。
「この人数を養うには、耕せる土地を確保しなければならない」
エリクは南東のアルト村を見た。
敗残兵に占拠されている村だった。
ニルが妹の名を書き終えるまで、エリクは待った。
字を間違えても、消させなかった。
「読めればいい。探す人が分かればいい」
配給所に置く名簿には、家族と離れた者の欄を新しく作った。
食事を配るだけでは足りない。
帰る場所を探している者には、名前を呼んでくれる誰かが必要だった。
食料のために人を集めた。
次は、その人々を食べさせるために危険な土地へ向かう。
飢えは、選択を一つずつ狭めていく。
募集の列で、痩せた父親が兵士の印を受け取ろうとした。
その袖を、七歳ほどの娘が引いた。
「お父さん、兵士になったらご飯が出るの?」
「ああ」
「じゃあ、帰ってくるの?」
父親は答えられなかった。
エリクは兵の名簿の隣に、扶養する家族の人数を書かせた。
兵士だけに二食を与えても、家に残る者が飢えれば、次の脱走と略奪を生む。
「家族への配給を先に決める。できないなら募集を止める」
列を離れた男は、渡された帰路の麦を見て尋ねた。
「兵にならなくても、これはもらえるのか」エリクは頷いた。
脅して集めた三千人では、畑を守れない。
カールは顔をしかめた。
「兵は減るぞ」
「それでも、食わせられない兵を増やすよりいい」
列は短くなった。
列を離れた者にも、帰るための麦と道を用意しなければならない。
エリクはその人数も記録させた。




