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飢えた王国 ~麦を奪って生き延びた俺は、誰も麦を奪わなくていい国を作る~  作者: レモンティー


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第十六話 敗残兵が、農民から種麦を奪った

グラン平原の東に、百二十人が暮らす村があった。

冬の終わり。

村長ハインツは、倉庫の鍵を首から下げたまま眠っていた。

倉庫にある麦は、村人が食べるためのものではない。

春に蒔く種麦だ。

「お父さん、どうしてあれを食べちゃいけないの?」

農民は種麦の袋を抱えて、家の奥へ逃げ込んだ。

今夜の粥にすれば家族は助かるかもしれない。

だが春に蒔く粒がなくなれば、村そのものが次の冬に消える。

娘のマルタは、三日続いた薄い野菜汁を見つめていた。

「一粒食べれば、春に生える麦が減る。今ある袋は、来年のパンなんだ」

言いながら、ハインツも腹を鳴らした。

夕方、二百人の敗残兵が村に入った。

先頭の隊長は片腕を布で吊り、部下の何人かは歩くのもやっとだった。

「食料を出せ」

「食べる麦はありません。倉庫は種麦です」

「麦は麦だろう」

隊長の後ろで、若い兵士が膝をついた。

腹を押さえ、息をするたび肩を震わせている。

「こいつは昨日から何も食っていない。俺たちは今日を越えられないんだ」

ハインツは鍵を握った。

「それを渡せば、子供たちは来年を越えられません」

隊長は剣を抜いた。

村人たちも鍬を持って倉庫の前に並んだ。

誰も戦いたくなかった。

だが、誰も退かなかった。

「父さん、もういいよ」

マルタが袖を引いた。

「麦をあげて。父さんが死ぬのは嫌」

その一言にハインツの腕が緩んだ。

兵士が押し寄せ、扉が割れた。

袋が引きずり出され、地面に麦粒が散った。

若い兵士はその粒を拾って口に入れた。

涙を流しながら噛んでいた。

隊長は鍋に麦を入れさせた。

村の井戸水で煮えた粥の匂いが、家々の戸口にまで届く。

マルタは空の椀を抱えて匂いを嗅いでいた。

夜更け、隊長が倉庫の前に戻ってきた。

ハインツは割れた扉を直していた。

「俺にも村があった」

種麦を食べれば今日を越えられる。

奪えば明日の芽が消える。

村人たちの怒りは、袋一つの重さよりも深かった。

隊長は言った。

「焼かれた。家族は生きているか分からん」

「だから、うちの子供を飢えさせるんですか」

答えはなかった。

敗残兵が持ち去った袋には、食用ではなく「春蒔き」と書かれていた。

農夫は奪われた数を地面に刻んだ。

「今日食べられる分だけじゃない。来年生まれる麦まで持っていかれた」

エリクはその数字を消さずに残した。

翌朝、兵士たちは去った。

倉庫には破れた袋と、床板の隙間に落ちた麦しか残っていなかった。

ハインツは娘と膝をつき、一粒ずつ拾った。

集めても両手に一杯ほどだ。

「これだけじゃ畑を蒔けないよ」

「分かっている」

ハインツは手の中の麦を見つめた。

兵士たちは昨日を生き延びた。

村人たちは、来年を失った。

「春になったら、隣村へ種を借りに行こう」

「貸してくれる?」

村長ハインツは、奪われた種麦の袋数を板に刻んだ。

明日食べる分ではない。

来年蒔くはずだった分だ。

娘を抱いた女が「兵士だって飢えていたんでしょう」と言うと、老人は頷いた。

「そうだ。だからこそ、誰も勝っていない」

畑を耕す手は残っている。

だが土に入れる麦がない。

その現実だけが春まで続く。

「分からない。それでも頼みに行く」

マルタは最後の一粒を拾い、父の掌に置いた。

ハインツはそれを食べず、布に包んだ。

夜の炊き出しで、カールは自分の取り分を半分残した。

「兵が食わなければ、明日の護衛ができません」

エリクが言うと、カールは首を振った。

掲示板の前で、兵士の妻が配給量を指で追った。

夫の椀が減ると知って顔を曇らせたが、隣で乳児を抱く避難民を見て、抗議の言葉を飲み込んだ。

「だから全員を飢えさせるわけにはいかない。だが、軍の鍋だけ満ちていれば守る相手がいなくなる」

翌朝、彼は軍と避難民の配給量を一枚の板に書かせた。

兵にも民にも見える場所だった。

兵士の一人が不満を漏らしたが、カールは自分の名を最初の責任者欄に書いた。

敗残兵の隊長は種麦の袋を持ち上げたが、農夫の娘が戸口に立っていた。

「それを食べたら、春に何を蒔くの?」

兵士は答えず、袋を下ろした。

仲間の腹が鳴る音が聞こえた。

村長は袋を指して言った。

「今夜の鍋に入れる麦と、春まで封を切らない麦を分けよう。見張りは村と兵で一人ずつ出す」

誰も満腹にはならない。

それでも、明日を奪い尽くさない約束だけは残った。

夜半、倉庫の前で村の若者と敗残兵が向かい合った。

どちらも相手が鍵を盗むと思っていた。

「明日の朝、袋を開けて数えよう」と村長が言った。

「数えても腹は膨れない」と兵士が吐き捨てる。

「数えなければ、誰かが食べたと疑って殺し合う」

カールは二人の間に座り、見張りの交代時刻を書いた。

種麦を守る最初の仕事は、敵だと思っていた相手と同じ夜を過ごすことだった。

「異議があれば俺に言え。配給を決めた者の名も、数字と一緒に残す」

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